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space『破壊と混迷の十字路・アフガニスタン取材記』vol.6space
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破壊と混迷の十字路

ナジブラ政権は、国連の監視下にあったが2年後に崩壊した。ナジブラ大統領は処刑された。そしてアフガニスタンでは、反政府勢力同士による内戦が激化していった。
しかし、失敗に懲りた旧ソ連の各国もベトナム戦争で同じような経験をしたアメリカも、そして国際紛争でリーダーシップを発揮できない日本政府も世界はアフガニスタンと本格的に向き合うことはなかった。

米、旧ソ連各国はそれぞれの思惑でアフガンの各勢力を支援し続けた。タリバンはパキスタンの難民キャンプで育った神学生たち。そもそもはレーガン、ブッシュ、クリントンの各大統領の米とブット首相にはじまるパキスタン政権の支援で育った。そして95年から急速に勢力を伸ばした。タリバンの伸張に対抗して反目しあっていたムジャヒディン各派は北部同盟を組織した。オサマ・ビン・ラディンはイスラム復興運動の中でタリバンの中に入り込んでいた。そしてアフガニスタンでは89年2月のソ連軍撤退後も10年以上、ただ破壊と混迷の日々が続いてきたのである。

私は今回の寄稿ではオサマ・ビン・ラディンとタリバンやアメリカとの関係については、特に詳しく述べることはしない。アフガニスタンの一般の人たちの視点に立てば、それがどんな関係であれ、彼らが直面してきた現実は破壊であり、混迷であったことに変わりはないのである。アフガニスタン国内やそれを取巻く国際社会の政治家たち、彼らの判断、思惑の結果、多くの市民、民族が苦しんできた事実を見つめなければならないと思う。政治家の判断で混迷する市民。その構図を直視することからしか国の再生はありえない。

今、アフガニスタンではタリバンは崩壊し、カルザイ議長を中心にした暫定政権が発足して復興へ向けての第一歩が踏み出された。しかし、これでアフガニスタンに平和が訪れた訳ではない。
1000万個以上あると見られる地雷の撤去、難民の帰還問題。そしてなによりも国際社会の思惑の中で対立、抗争を繰り返して来た十の人種、数百という部族が構成する国家であるという事実は変わっていない。イスラム教シーア派とスンニ派の対立もある。現段階ではアフガニスタンの各勢力も平和を浴し国際社会もテロ撲滅という大義名分の中で各国の思惑を抑えている。しかしこのバランスがいつ崩れるとも知れない。

日本の首相がテロ撲滅の為、世界平和への貢献のためならば、日本は何でもすると声高に叫ぶのならば、それはただアメリカに追従するだけでは実現しない。何故なら、アフガニスタンの人々の破壊と混迷の日々はそのアメリカなどの政治大国の思惑によって引き起こされてきたものだからである。いつまた、同じ過ちを犯すとも限らない。

破壊と混迷の十字路アフガニスタンを再生と復興の十字路に変えるために、私たち日本人や国際社会にはそれぞれの思惑、いわば国家のエゴを超えてアフガニスタンに暮らす人々の実情を直視する現場主義に徹した対応こそが求められている。


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