 | 2001.12.22 |  |
 | 還る家をさがす子供たち」 講師 教育カウンセラー/千葉明徳短大客員教授 子ども家庭教育フォーラム代表 富田富士也 |  |
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プロフィール
1954年、静岡県御前崎町出身。 教育カウンセラーとして青少年への相談活動を通じ、コミュニケーション不全に悩み、「引きこもり」続ける子どもや成人、そしてその親や家族の存在に光をあてる。 『引きこもり』の命名者であり、現在は、幼児教育も含め、相談のためのカウンセリングから生活・日常に生かすコミュニケーションワークの普及に努めている。
子ども家庭教育フォーラム代表/千葉明徳短期大学幼児教育科客員教授/千葉大学教育学部講師/日本精神衛生学会理事/日本学校メンタルヘルス学会運営委員/全国青少年教化協議会評議員として、幅広く活躍。
・NHK教育番組『寅さん的コミュニケーション』等出演 ・著書 『言ってはいけない親のひと言』、『子育てに立ち往生の親子へ』 『いい母親をやめたい事情』、『子どもが変わる父のひと言』等。
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講演概要
◆めぐり合わせ 人は多かれ少なかれみんな弱点を持って生きています。弱点のない人なんて一人もいません。
もし、今は調子よく生きている人がいるとしたら、めぐり合わせ、組み合わせの中で、その弱点が浮き彫りにならなかっただけです。みんなにある弱点を一番よく知っているのは自分。だから「そのふさわしさ」とか「その子らしさ」をきばることなく、ほどほどに自分の身の丈で生きていけたらいいのです。
◆ただ気持ちを聴いて欲しいだけ 実際に、嫌みや愚痴や悪態や弱みをいう姿を見ると、相手のことをふがいないとか、情けないと感じてしまいます。
さらに、それほどまでに叫び続けている人に対して、何ひとつ援助できない自分のふがいなさを感じてしまいます。その自分に向き合うのがつらいと、励ましや慰めをいってしまいます。
でも相手は、励ましや慰めではなく、「ただ気持ちをじっと聴いていてほしい」のです。聴いてくれるだけで、アドバイスも励ましもいらないのです。うなずいてくれたり、相づちをうってくれるだけで良いのです。行動は受け流して、気持ちはしっかり受け止めてほしいのです。人はその時はじめて肯定されたと感じられるのです。
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◆コミュニケーション コミュニケーションの大事なところ、なぜ人から声をかけられると嬉しいのか?というと、「相手にされている喜び」を感じるからです。言葉を変えると「まだあきらめられていない」ということを実感できるから嬉しいのです。コミュニケーションの大切な条件は、途中で関係を投げ出さないこと。途中で関係を放り出さないことです。
あなたとのコミュニケーションには終わりがないと宣言したら、トラブルや対立や揉めごとを恐れることはありません。納期はいえません(何月何日に仲直りができますなんていえない)が、あきらめなければ、人は必ずいつか仲直りができます。なぜなら、人は信じることをすべて捨て去ることはできないからです。信じることを捨て去って、人は生きていけないからです。
◆伝えあう力 中教審の答申のテーマは「生きる力」。 「生きる力」というのは、「人とは、なんとか時間をかけていけば、ケンカしても仲直りが出来るんだよ。それを知識じゃなくて、からだを通して子どもたちに伝えていきましょう」というところなんです。
「生きる力」に対して、今度は「伝えあう力」が将来のテーマになっていきます。「伝えあう力」とは、あきらめない力、人間関係をあきらめない力のことなのです。
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◆ラムネのかっちん玉 ある女の子とお母さんの話です。彼女は「感情の小出し」というものをトレーニングしていない子でした。いい子、できる子で育ったため、悔しさ、悲しさ、言いたいこと、伝えたいいろんなことを、口に出せずに、おなかの中に溜めこんでいました。これはラムネのかっちん玉のようなもので、小出しにしていたらよかったのに、たまってきた感情を取り出すことが必要になった時、ビンごと割ってしまうしかなかったのです。
いい子というのは、納まっている時には良いのですが、いったん枠がはずれると、後は始末が悪いという場合が多く、立て直すのにえらく時間がかかるものです。
励ます言葉が傷つける言葉になることがあります。努力して報われている時は、励ます言葉も意味をもつのですが、努力しても報われないときは、励ます言葉は、追いつめる言葉にしかならないのです。
◆聴く リスニング、汲み取るということがどんなに大事であるか・・・私たちはどこか子どもの言葉ばかりを聞こうとしていて、気持ちが聴けないのではないでしょうか?子どもが言っている言葉の意味や事柄ばかり聞こうとする。言い尽くせぬ思いを推し量ることができない、気持ちが聴けないのです。
確かに、気持ちを聴くには手間ひまがかかります。間(ま)を取ってひと呼吸、置かなくてはいけないからです。いつのまにか、戦後50年、どこかで私たちは言葉ばかり聞こうとしました。意味や内容にとらわれていた方が、ことが早く済むから。だけどどこかで大切な物を見落としてしまったようです。言葉のあとには必ず「・・・」が付いているものです。言葉で人は自分の思ったこと、言いたいことを何でも表現できるものではないのです。
「聴く」、耳へんに十四の心、リスニング・・・あなたはどんな子どもの声が聴こえてきますか。子育てにやり直しはきかないし、人生にやり直しはきかないのです。でも、見直すチャンスはいっぱいあります。気付いた今日からはじめの一歩。
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◆肯定感とは 人は言葉を聞いてもらってもつながらないのですが、気持ちを聴いてもらったときに初めてほんとうの意味で人とつながることができます。それは条件付きナシで、自分を肯定してくれたからなんです。
私のところに来るたくさんの、はじめの一歩を踏み出せない人たちの中で、共通していることがあります。人に何となくおびえる、人と関わることができない、不安になっている、それはどこかで肯定感が乏しいからなのです。
人が肯定感を獲得できるときは、自分が必要な存在だということを実感できることなのです。しかし、めぐり合わせ、組み合わせのなかで、いくら努力しても、頑張っても報われない時があります。人がいちばん心を求めるのは、そんな時なのです。惨めで、情けなくて、なんとしてもならない、そしてせめてプライドぐらい持っていなければ生きていけないとき、傷ついてしまった自分を、どこか誰かに、せめて一人でいいから聴いてほしい。逃げないで聴いてくれた時に、初めて人は、肯定感を獲得できるのです。だから肯定感というのは、調子のいいとき獲得できる物ではない、辛い時、悲しい時こそ獲得できるのです。まさに危機こそ肯定感を獲得するチャンスなのです。
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◆還(かえ)る家 人が心細くなって、自分の存在感が危ぶまれ、不安なときは、自分のことを受け止めようとしている方向にからだが向きます。「大丈夫だよ」この一言で、「もう一度踏ん張ってみよう、あの人のために」と思える・・・。そんな肯定される場を「還る家」とよんでいます。調子が良かろうが悪かろうが、むしろ調子の悪い時こそ自分を受け入れてくれる・・・そんなところです。
弱音や、ときに悔しさという悪態をついてもらえるということは、信頼されている「証(あか)し」です。つながりたいというメッセージです。
あなたは、あの人の、あの子の「還る家」になってあげていますか?あなたの保健室がそんな子の「還る家」になっているでしょうか?「還る家」になるのも大事ですが、その前に自分の「還る家」が必要です。見つけてください。
◆最後に 「信じることなくして、向き合う意味はない」のです。
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