 | 2002.2.23 |  |
 | 「「市民の志が社会を再生する(前編)」 -地域ビジネス育成の現場から見た可能性と展開- 講師 市民バンク 代表 片岡 勝 |  |
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プロフィール
市民バンク代表。 三菱信託銀行で組合委員長等を歴任。 退職後、ビジネスを通じて社会問題の解決を行うため、(株)プレスオールタナティブを設立。 南北問題の解決を進める第3世界ショップなどの他、市民事業を支援するため市民バンクをスタートさせる。 市民事業の旗手として国際的に活躍中。 NHKドキュメンタリー番組「にんげんドキュメント」で取り上げられる。
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はじめまして、ご紹介いただきました片岡です。 岡島さんとは、実は、直接お会いしたのは初めてなんですが、NHKのカンボジアの報道を見て、「ああ、いい切り口で報道している人がいるなあ」と思っていたら、突如、立候補されるっていうんで、「えー!」と思って注目しておりました。 そういう意味では、なんとなく前から知っている人だな、という感じはしていました。加えまして、多分、「日本から世界を見る」というのは今の外務省の考えなんですけど、「世界から日本を見る」っていう点では、僕なんか岡島さんと近い問題意識を持っているんじゃないかな、と思っております。
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▼旅してわかった外務省
実は私は、世界80カ国を回っております。銀行員を15年やった後、プー太郎をやりまして、危ない所は、実はほとんど行っております。ボスニアヘルツェゴビナ、エルサルバドール、もちろんカンボジア、モザンビーク、そういう紛争地が好きというのでしょうか、臆病なんですけれども、どうしても行きたくなっちゃうんですね。そこから日本を見ると今の日本って同じくらい危ないんだ、と、実は私は思うんです。 外務省の問題で「誰かを更迭した」とか、そういう時じゃないだろう!雪印食品が潰れた事と同じ位、外務省には不信感を持っている訳でありまして、それだったら、外務省は、『外務課』位まで落としちゃっていいと思うんです。
戦争が終わった後、厚生省の一部に軍隊全体がなったわけですけど、外務省なんかの大使館を回ったり、大使に会ってですね、領事機能を除いては経済通貨はもうほとんど大蔵に行っていますし、今は財務と言っていますが、通商関係は通産にいっていますし、地域の問題は自治にいっていますし、まあ、ほとんど実は残っていない。
例えば、中国との関係で、例の農産物を安く入れては困ると言うことで、それだったら私達は制裁措置をとるんだ、なんて事をやって、それの手打ちが行われた場面に、外務省は出てこないんですよね。通産省と農林大臣が出てるだけ。その位、実は機能は解体している。解体しているのに1兆円というODAがある。そういった無駄なお金の使い道だけで発言権を持っている。そんなような組織でODAが回れば回るほど、外国と付き合えば付き合うほど外交のギャップとして今、表れているのではないのかな、と思っています。
そういう意味では、外務課にすべき、という、ちょっと私の激しそうに聞こえるところなんですが、それが実態なんではないでしょうか。事実的には、領事機能ですね、ですからパスポートを出したり、死体が浮いた時、この人は日本人なのかどこの国の人なのかを確認する、それが領事の仕事なんですが、それ以外はあまりもう機能していないんじゃないでしょうか。
例えば、海外で事故が起きた時や騒動が起きた時、私は実は大使館の言うことは聞きません。私が行くところは危険度がかなり高い所です。ハイチなんかに行きますと、ちゃんと大使館員が来まして、「あなたの命については日本政府は一切、本日今から責任を持ちませんので、ご自分でちゃんとやって下さい」と宣言されるんですよ。保身なのかな。確かに、ハイチでは夜もパンパン、パンパン、花火かと思うとピストルの音が聞こえるんですけど。そういう所にたくさん行っていますと、「ああ、命というのは、自分で守るんだ」と思うわけですね。
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▼今、困っていることは何ですか?
東ティモールで
去年の末に、私は東ティモールに行ってまいりました。インドネシアから独立して、5月に独立祭典が行われる事になっているのですが、実は、東ティモールに最初の外国人として入ったのが私なんですね。どういう風にして入ったかといいますと、インドネシア政府が東ティモールで理不尽な占拠を続けてきたわけなんですが、そこを国際世論によって、「どうも、これはマズイな」という事で、外国人を入れざるを得なくなった。
今から13年位前だったと思いますが、1月1日でした。そこで私はどうするかと言いますと、12月31日までジャカルタで待ちまして、第一便に乗るわけですね。第一便に乗る前に、大体そんな日に外国から来る人というのは怪しい人ですから、20分位カウンターの前に立たされまして、「こいつ知っているか?」とかチェックされまして、20分位かかりました。で、デリ空港にともかく入るんです。
入るとすぐに公安が付きます。今まで外国人が入った事がないので慣れていなくてですね、尾行に。付けるなら、もうちょっと離れてほしいんですけど、1m位後ろをいつも歩いているんですよね。商店街を歩くとすぐ後ろにいつも公安の人がいる。そして、夜の11時になるとホテルの部屋をドンドンとたたくんですね。「水ありますか?」とか尋ねてくるんですね。彼は、数日して私が東ティモールを離れた時は、とっても嬉しそうでしたね。「ああ、無事終わって、やっとこの人は出て行ってくれる」と思ったんですね。
で、13年経って、久しぶりに訪れました。まあ、皆さんご存知のように、100万弱しか人口がないところで、死んだ人が多分、その3分の1とか言われています。世界で一番、ヒットラーによるユダヤの虐殺よりも多分殺戮された民族ではないでしょうか?私は母の介護がありましたので、長期にわたってしばらく海外に行く事ができなかったので、母を亡くして久しぶりにいったのが東ティモールでした。そして、東ティモールの人たちの顔を見たんですね。
隣の家の人がインドネシアの軍隊の支援を受けて、そうじゃない人たちを殺していった町っていうのが、そういう民族というのが、どんな風にして共存していっているのか、共生していっているのだろうか、これは私にとっては考えられない事です。例えると、この千葉市の中の半分の人はインドネシアの庇護の下に弾圧する、残りの人は必死になって逃げている。私に付いてくれていた公安の人は、東ティモール人でした。彼はことによっては騒乱の中で死んだかもしれません。独立派の人に殺されたかもしれません。そのくらい緊張がある、対立がある所でした。
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ボスニアヘルツェコビナで
ボスニアヘルツェゴビナでもそうでした。クロアチアに行くと、小学生が言うんです。「僕は1200年間、クロアチア人だった。」と言うんですよね。そんな歴史的な民族対立ですよね。ボスニアヘルツェゴビナに話を移すと、イスラム教とキリスト教っていうのが相互にせめぎあいながら、どっちかが占拠するわけです。そうすると、顔つきが全く同じで、目の青い、いわゆる西洋人もイスラムに改宗するわけです。時の権力がそうなれば。そうして改宗したひとは、改宗しなかった人からみると許せない存在なんですよね。彼らは1200年間、許せなかったわけです。そして、やっとクロアチアがツジマンによって独立する。
こういう恨みつらみを、ものすごく持った人々っていうのが、今どうやって生きているんだろう、どうやって同じ所に住んでるんだろう、どんな顔をしてるんだろう、とクロアチアと比較して東チモールを訪ねてみました。東チモールの人々が実に明るいんですよね。こんな風になっている民族って一体何なんだろう?
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▼困ったことをビジネスに
東ティモール編
そこで、私が世界80カ国を回ると必ず聞く言葉があります。 「今、困っている事は何ですか?」、この事を聞いて歩く。 彼らは、実は大学で教えてくれる先生がいないんだ、と言うのです。先生達の世代がみんな殺されちゃってるんですよ。生徒はたくさんいます。東ティモール大学というのが唯一の大学です。6000人を超す生徒は溢れ返っていました。だけど教える先生がいないのです。で、私はそこで思いついたんです。 「そうだ、東ティモール大学に寄付講座をしよう」
私は幾つかの日本の大学で今、4単位から6単位を教えているんです。若者の育成をやっています。それについては後ほどお話しますが、「そうだ、東ティモール大学に寄付講座を1年間やってあげよう。そして彼らの国がこれからどういう風にすべきかということについて、一緒に考えていこう」そして、教え提案するだけではなくて、具体的に若者達に、自分達で経済的に自立する事が大事だという事を教え、投資していこう。これもまた後ほどお話しますが、それを今、日本で若者達に教えているんですね。
経済的に自立する事、国としても新しい戦略で、私は、エコロジーとITで100万人の小さな島を経済的にも独立した国にした方がいいですよ、と、アメリカとか日本とか、いろいろな所に依存すると、どんどん支配されてしまいますよ、そのような事を考えて、東ティモール大学に寄付講座をする事を副学長のフランシスコさんという方に会って話をしました。で、今年の5月に独立祭典がありますので、6月からですね、そういう講座を開けたらと思っています。講師の半分は大学の先生です。半分は実を言うと、いろんな現場で活動していた人たちが現場から教えていきます。
例えば、リクルートでホームページを作った人たちがどうやってメッセージを発信するか、スチュワーデスをやっている私の法政の社会人学生なんですが、彼女はどうやって観光で企業を作るか、まあスイスなんか収入の半分は観光ですからね。そんなようなやり方でできるだろうか、とかそんなような事を現場からも教えていく。
例えばビーズを編んで、仕事作りとして1日1ドル=120円をあげたら生活できちゃうんですよ。1日1ドルで一家5人位が生活できちゃうんですよ。ですから、1日1ドルは最低限の費用としてあげて、もっといいものを作ったり、もっとたくさん作ったりしたらもっとあげる。こんな事でビーズ作りをやっている日本の女性がずっと向こうで教えてもらう、そんな現場からの仕事作りもしていきたいな、と思っていますね。
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フィリピン編
そんな風にして、私は世界を回って仕事作りをしてきました。 実際に第3世界ショップで様々な国の問題解決と、単にこれじゃ困ったなーというだけじゃなくて、仕事作りを通じて、その国の人たちの自立を助けていく。
今では何億円かのビジネスになってまいりましたが、例えばどんな事をやっているかといいますと、私のこの名刺は、実は草から作った紙なんです。フィリピンで私が出会った女性のグループが、紙を作ろうと思っているんだけど、「コゴン草」といいまして、わーっと伸びる草があるんですね。この草が農業の邪魔になるんだ、これをなんとか活かせないか、紙を作れないか、と相談に来ました。
たまたま私は、環境庁のケナフ委員だったもので、ファイバーですね、繊維の長さをみてみました。(十分これはいける)ということで、その草から作った紙です。まあ、草から作ると、毎年毎年生えてきますので、木材を伐採するのに比べると、環境にいいと言われています。最初、従業員はわずか6〜7人でしたが今では300人の大事業になってしまいました。私のところに呼んで技術研修をしたり、機械等を提供したりして、そこまで育って参りました。
例えば、こういう困った事をビジネスにしていく、それが今、私にとっておもしろくて仕方がない「世界とのかかわり方」です。
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ケニア編
他の事でいいますと、ケニアに今、私が3分の1投資をして作りました自然キャンプ場があります。これはマサイが土地を持っているんですけど、マサイ族というのは、1日1500キロカロリーしか、カロリーを使わないで生活できる人たちなんですね。ですから、みんな細いです。みんなとっても細くて、本当に動かないんですよ。じっと棒をたてて、立っている写真が時々ありますが、あれがマサイ族です。
マサイ族の間では、ひと度ライオンが来て家族を襲ってきたならば、とにかくそれを守るんだ、という。それが成人の儀式であり条件です。ライオンを殺さないと成人になれないんです。でも最近ライオンが減ってしまって、なかなか成人になれなくなっちゃったんです。 そういうような価値観の人たちなんですが、土地はたくさん持っています。彼らが持っているたくさんの土地を、キクヨ族の人たちがどんどん畑として借りて、木を刈ってしまうんです。実は、象が繁殖するには森がないとダメなんですね。その森を開拓しそうになっているという話を聞いて、オリンダ博士という世界環境協会の副会長をされている方から相談がありました。
キャンプ場を作ってはどうだろうか?マサイの人たちから土地を借りてあげよう、そして仕事作りをすれば何も土地を貸さないでお金が入るからいいじゃないか、ということで30人位泊まれるキャンプ場を作りました。そこに毎年、日本から若者達を送り込んだり、またミシガン大学でオリンダ博士が教えている関係でそこから若者を送り込んだりして、事業にもなるようにしていますが、まあ、大変です。 私達が借りている土地の広さといったら、大変なもので、あっちの山まで、といった感じでしてね、中に飛行場も作ってしまいましたし、飛行場といっても、石を順番においているだけなんですけど、一番平らな所にセスナが降りられるんですよね。ともかく、ずーっと30分位車で走っていてもまだあそこの麓までいけないな、という位広い土地を借りて、その森の木を切らないようにしているんですね。
夜そこに泊まってみましたらね、やはり人間は弱い動物だな、と思ってしまいました。マサイの人たちが焚き火をしながら守ってくれるんですよね。夜、ライオンとかの鳴き声が聞こえるんです。人間のよどんだ匂いが、野生動物を刺激するんでしょうね。俺達の島に変なにおいを運んできた人間というのがいるぞ、というのでしょうかね?とっても敏感になっています。 朝、起きてみると象が私達のキャンプ場の本当に近くまで来ていて、糞をしています。象の糞ってでっかいんですよね!最初は何だかわからなかったんですが、俺達の所に勝手に入ってきたってことで威嚇しているんだ、と。で、象は、私達がコンクリートで施設やなんかを作って気に入らないと足でコンクリートを壊してしまう位の力を持っています。
人間というのは弱いですね。ともかく動物の鳴き声がうるさくて夜眠れなかったです。その中で一応キャンプ用のシャワーも作るんですね。それは水を汲んできて上にバケツをおいてそこから水がただ流れてくる、というだけのものなんですが、最初それには囲いがありました。なんとなく囲いがないと不安になるじゃないですか。裸のままで外界に出るというのは不安を感じるものですが、慣れてくるとだんだん何もいらないと思えてくるんですね。誰も見ていないですからね。それで囲いをとってシャワーを浴びると本当に気持ちがよかったんです。風が身体を洗う、というんですかね?そういう感覚から本当に離れていた。だから人間の、本来の動物が持っている感性というものを忘れていたな、という事をそういう自然の中で再認識させられました。
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▼行政にはやらせない、自分たちでやるんだ
そんな風にして、いくつかの事業を世界でやりながら、まあ、私の手法というのは、ともかく言っているだけじゃない、政府頼みでもない、自分達でやれる事をもう自分達で解決する以外ないんだ、いや、逆なんだ。行政にやらせればやらせるほど、結果としてつけとしてみんな戻ってきてしまうんだ、と。
だから行政にはなるべくやらせないようにするべきなんだ、という見識を持つべきなんだ、と。80兆円のうち50兆円の歳入しかないのに、30兆円借金しながら、いろんなばらまきをするから、おかしくなるのです。 私は、行政とも自治体とも、いろんな所と付き合っています。今日持ってきた本も財務省から出しています。「問題解決ビジネス」というタイトルです。実は私が今、これからやろうとしている事は世界においても、日本においてもそれをやろうとしているんです。
▼小さな自立が行政の無駄をなくす
「いろいろな問題、困っている事はないですか?」 これをビジネスにする。だけど大儲けなんかしなくていいのです。トントンでいいからこれで食えること、それをたくさん作っていく。それが行政に無駄を無くさせる。お金がかかる割に効果がない。行政にやらせたらコストパフォーマンスが悪いんです。そういう社会じゃもう駄目だ。みんなが自分達で力を出し合い、知恵を出し合い、汗を出し合い、地域の問題を解決するんだ、そういう事を今日本の地域でやっておく事が世界の中でも実は役にたつんですよ、と。
例えば、私が「一番困っている事は何ですか?」っていう事でわかりやすい話でいいますと、内戦が終わる前にモザンビークに入りました。アフリカの突端の右にある国です。日本の何倍かの国土に、日本の何分の一かの人が住んでいます。日本が過疎だ、過疎だというのですが、世界でみると過疎ではないですよ。日本って、どこに行ったって過密ですよ。逆にいうと自給率20〜30%でこの人たちが本当に生きていけるのか本当に心配になります。
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▼地域から生まれる構造改革
私は東京生まれ、東京育ちですが、最近地方に住まいを移しました。地方分権といいながら東京から何かを言うのがおかしいな、と思ったんですね。都会に住んでいて、自然との共生を言うのもおかしいと、一昨年の暮れから移りました。
地方はいいですね、とにかく水が美味い。その水でお茶をたてられるんです。東京の水でお茶をたてると、カルキの臭いがするんですね。今住んでいる所ですとグライダーなんかを飛ばしても他の家にあたらないです。落っこちるとすれば、畑に落ちるので怒る人もいないんですよね。温泉は20分位でどこの温泉でもつきますし、食費なんかも半分位ですかね。僕は、県民所得が低いとかって言うのはマイナスだとは思わないですね。東京が400万円位、沖縄が200万円位、私が住んでいる山口で280万円位です。 収入が少ないと思う、それは逆ですね。収入が少なくても豊かな生活ができるって事だと思うんですね。東京は働いていないと食えないですもんね。そういう所に今、郷を移していますと、過疎だ、過疎だとみんな騒いでいますが、私はそうは思いませんね。いいじゃないか、これ位が適正人口だなーと、畑がたくさんありますから、これから少しずつ農作業も覚えようと思っています。
最近いろんな所でいろいろな施設がうまくいっていないという問題の解決を、行政から頼まれます。近くのヨットハーバーの宿泊施設がうまくいっていない、こういうのをなんとかして下さい、と頼まれています。こういうのが僕は得意なんです。これを何とか成り立たせちゃう。こういう事を全国でやっていきたい。まあ和製リップルウッドとでもいいますか、アメリカの禿鷹ファンドといわれているリップルウッドは、今、日本のいい土地を買いあさっているわけですね。円がどんどん安くなっていますし、これからもっと安くなっていくだろうと言われているわけですが。そういう中で、彼らは利潤を動機としてそういう事業をやっているわけです。
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▼今、地域の再生がおもしろい
私は地域の再生を世界でやりたい。過疎地でもやりたい。確かにお客さんは少ないです。人も少ないです。お金が流れませんから。東京でビジネスをやっている方がそれは相当に楽です。だけど、そうではなくて地方でやるのにはかなりの知恵がいるんですよ。おもしろいんですね。地方は話題があまりありませんので、うまくいくと話題になって全国から人が見に来るんですね。
今、東京に、ものを見に来た時代は終わろうとしていると思うんです。 これからは東京が地方に見に来る時代が来ると思うんです。 地方に食料を依存する時代が始まってくる。文化は常に辺境から起きるというのが世界についても、日本についてもこれから起きると思うんですね。そんな風にして、私は今試みを始めていて、毎日考えて、考えて、面白くて仕方ないんですね。いろいろな問題を解決するというのは面白いですよ。ともかく知恵をたくさん出せばいいんですよ。みんなに応援してもらえばいいんです。 こういうことをできる地域の若者なり、地域の女性なり、中小企業の社長さんが地域という場に出てくると日本という国はがらっと変わる。「産業構造の転換」というのは、あれは別に首相が言う事ではないと思うんですね。自分達が変わっていくと、結果的に産業構造は転換すると思うのです。
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▼変わる世界と変わらない日本
ニューヨークで育つ若者たち
後半に移る前に、もう少し世界の事情について、私なりに世界から日本を見て感じている事を申しますと、私は今の日本の状況はといいますと、1985年のアメリカにそっくりだと思います。 ご存知のように1985年、アメリカはプラザ合意というものをやりました。為替を自由化します。それまでアメリカはドルの固定為替レートで庇護されていた。それが自由化することで、アメリカの弱い企業はみんな海に放り出されました。その年、1985年のアメリカは、失業者がドッと溢れました。
私はちょうどアメリカにいたんですね。そうすると、どうなるか。ハイウェーを降りてくると、「No Job!」と書いてある札を持った白人がたくさんいたんです。ネクタイをしているんですね。今まではそんなことはなかったんです。マイノリティーの人、黒人の人たちやヒスパニックの人たちはいました。だけど白人の人たちなんですよ。これは、明らかに普通のホワイトカラーの人たちだったんだな、と思う人たちが「No Job!」と書いているんですね。
これからますます日本はそういう状況になると思うんです。その時に、私は2つ新しい動きをアメリカに見ました。スラムが大変、荒廃してきました。スラムはそもそも荒廃していたのですが、さらに荒廃していきました。そこで何が起きたかというと、ドラッグとピストルです。治安が急激に悪化しました。それからゴミが町中に溢れ返りました。もう行政が機能しないんです。税金を払えないんです。N.Yはゴミだらけでした。
この前N.Yに行って驚きました。N.Yは綺麗になりましたねえ。 当時、社会が動いてないんです。もう回らないんです。彼らは、「well organize」とよくいうんですけど、よく回っている、これが回らなくなった瞬間っていうのは悪い事は重なりますよ。今、日本では悪い事っていうのは経済だ、失業だ、なんて言っていますけど、こんなもんじゃないですから。ともかく治安が悪くなります。新宿に住む私の友人は、ひと月に3回、泥棒に入られたそうです。マンションの1階というのは本当に住めなくなってきますよね。月に3回泥棒に入られたら、危なくてそれは住めないですよ。日本の一部地域はすでに悪化しているが、これからはもっと悪化してくると思います。
アメリカの場合にもホームレスがたくさんいました。ホームレスでの日本人との対応の仕方が全く違うんです。日本人でホームレスになった人たちに対して、「俺達は別人だ」という感じで通り過ぎていきます。 私はN.Yで驚いたんですね。証券会社のディーラーをやっていそうな人がですね、えらく儲かってそうな男なんですが、マクドナルドかなんかのハンバーグ2個を買って来て、1個をホームレスに渡して、もう1個同じ物を食べながら笑って話しているんですよね。この感覚っていうのは日本人にはこれから大切だと思うのです。コミュニティーですから。
俺達は絶対ホームレスにならないと言っていても、いつなるかわからないですよ。雪印食品がああなったようにですね、いつ、いかなる時に放り出されるかわからない。その時に、地域が、コミュニティーが、みんなで仲間だとして面倒をみるかどうかです。彼らのあの感覚、コミュニティー意識っていうのはああいう感じなんだなと思って私はずっと見ていました。本当に食べ終わったら「じゃあね。」と言って、ホームレスとバリバリに稼いでいそうな2人が別れていく。「へー・・」と思いました。あれがアメリカか、と。私が1985年に見たスラムに飛び込んでいった「問題を解決しようと言う」若者達。そして、そういうコミュニテイー意識。これが大事だと思った。
スラムというのは大変に危険です。日本人はほとんど入れない。 最近クリントンさんがN.Yのスラムに事務所を置いたと報道されました。今はあの頃に比べたら相当治安がいいです。あの頃は本当に大変でした。そういう中に、若い連中が入っていくんですよね。コミュニティーを直すんだ。その目の輝きに、私はアメリカの将来は担保されたなと、その時感じたんです。彼らと話していて、彼らは多分どこのコースも選べる経歴の持ち主だったように思います。そんな事は聞きませんが、話している内容がそうなんです。彼らはそこを選ぶんですね。
僕は実はそういう若者を育てたいな、と思っています。給料が高いとか出世するとか見栄えがいい、という職業じゃなくて、一番社会が困っている事をなんとか自分達の手で解決をする、損をしてもそれをやろうとする若者を育てよう。これがN.Yでつくづく思った事の一つです。
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▼アメリカの経営者たちの問題意識
あとひとつが経営者達、これが全然違ったんですね。どういう事かといいますと、コミュニティー、地域というものに対して、大変強い問題意識を持っているんです。例えば、サンノゼにあるシリコンバレー、有名ですよね。シリコンというのを作って一時期大変繁栄しました。だけどその後、人件費の高騰ですとか、シリコンを洗う水が汚染されていて公害になったりするということで、シリコンバレーというのは実は1回不況にみまわれるんです。後継者が誰もいなくなるんです。どうしたら自分達の息子が、あるいはこの地域にいろんな人たちが労働力として入ってくれるんだろうか、と、地域の問題として議論が始まるんです。
その為には教育を良くしないと駄目だ、福祉を良くしないと駄目だという事で、経営者達が自分のビジネス以外で、教育や福祉はもう政府に任せない、行政に頼らない、自分達でやるんだ、と始めたのが実はスマートバレーという組織なんです。経営者達がこういう問題意識で自分のビジネスで金儲けをしようという以上に、地域の問題にかかわり始めるんですよ。私はその頃、例えばソーシャルベンチャーネットワークといいましてね、世界的なベンチャーをネットワークした、そういう組織、これはヨーロッパにもできたんですが、1000社くらい集まってですね、そこでみんな真面目に地域の問題を議論しているんですよ。
アメリカでは、子どもが銃を使って人を殺すという事件が多いわけです。喧嘩していったからといって、日本みたいに陰湿ではないですから次の日には、よくやってくれたな、といって、おやじの机から持ち出してきて、次の日にはドン!ですから。いじめる方も命がけですよね。そういうので、たくさん殺人事件が起きています。この殺人事件に対して経営者達が議論するんですね。どういう議論をするかといいますと、殺された人も可哀相だけど、殺して、小学校の頃からずっと殺人者といわれていく方が大きな問題じゃないか、これを無くすためにはどうしたらいいか、真面目に議論しているんですよね。それで「俺はこれから銃とオモチャを交換する運動を始めるんだ。」とかいう人がいたりですね、「僕はコロラドに帰ってそういう運動をするんだ。」とおじいちゃんたちが青年のように議論しているんですよね。
素晴らしいな!と思いました。あと、その頃、エイズは始まったばかりでした。ですからどうやったら感染するのか、まだわかっていませんでした。日本では特にわからなかったです。あれだけ広がるんで空気感染するとすらいわれていました。そういう中で、エイズの人たちにお昼のお弁当を運ぶボランティアを始めるんですね。私も後ろにくっついて行ったんですが、うつったら大変だと思うものですから、本当の事言うと、なかなか怖かったです。だけど、経営者の人たちは、本当にちゃんとお弁当を渡して、話すんですよね。「へー、やっぱり違うな、」問題に真正面からぶつかって、そして自分がギリギリ接して問題を解決していく、そういうフロンティアスピリットというのかな、勇気をアメリカに感じたんです。僕はこれが決定的差だと思うんですね。
日本のように「俺は知らん、誰かまかせだ」「言った、言わない」そんな事を言っている暇はないでしょう、と言うのにまだ言った、言わないを言っている。これが10年間の空白といいますが、10年間で本当に終わるかどうか、このまま永遠に空白かもしれません。
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▼世界は変わりだしている!
日本はもうピークを過ぎて、ずっと落っこっていく。例えば、100年前ですか、中国は清朝の頃、世界で一番GNPがあったんですよ。アメリカよりもイギリスよりもどこよりも世界で一番あったのが中国。それからずっと空白でしたが、今、ブラジルと中国は、未来に確実な経済成長を約束されています。それは何故か、といいますと、人口構造なんですよ。人口構造がいい所は必ず伸びるんです。生産性のアップか、生産人口が伸びる以外、結局成長ってないんですよね。そういう意味でいえば、中国の首相が日本に対して、再度日本に繁栄が訪れる事はないだろう、なんていう事を、去年言っていましたよね。よその国の事を言わんどいてくれ、と思いますが、多分当たってしまう事が悔しいですよね。
イギリスは実を言いますと、第一次世界大戦からサッチャー首相までの間、空白です。生産性や給料はフランスの3分の2ですよね。今、イギリスはなかなか順調ですが、空白の60〜70年、そこでサッチャーが出て、3分の2の行政マンの首を斬ります。その頃は、暴動で石を投げられたりします。だけど、その甲斐あって、ブレア首相は、今私が言っているような事に近い事を言っています。自分達がもう行政を頼らずに、地域の問題を解決していきましょう。そういう分権社会を作りましょう。彼は国家を解体しているような風がありますよね。
どんどん地方組織が自立しています。独立かを問う選挙をどんどんやっちゃうんですから。彼は中央政府の力をどんどん解体して力を無くそうとしていますよね。あれが活力になっているのもまた事実です。サッチャーという人材と、ブレアの地方分権。今までの国家という枠組みを壊すことによって、ネットワーク型の社会にしようよ、それが活力を作っている。アメリカも先ほど言いましたように、1970年〜1990年までの20年間、空白が続き、そして1990年から人々の総合性を競争力とする、そういう情報化社会の中でサバイバル、再生した。日本が10年で再生する、ということはもちろんないんですが、もう12〜13年経っているわけですが、これから何年で再生するか、そんな事が問われていると思いますが、まあ、800兆円に近いこの借金、これは実は私たち日本の国民、民間が結局政府の無能さに歯止めをかけれなかった結果だと思うんです。国債を買ったという事だと思うんですね。
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▼母が教えてくれたこと
私の母は、明治生まれで、私にいろいろな事を教えてくれました。 そのひとつが、お上を信じない、ということ。大きなところの言うことを信じない。私はずっとそうやって育ちました。 小さい頃のことで言いますと、小学校の頃、ガラス板が窓枠にはまっていていくつもある、そういう教室でした。遊んでいて割っちゃいました。先生も仲間の生徒も、私を「割った、割った!」と冷やかしました。その話を、家に帰って母に話しました。黙って財布を持って「ついていっらしゃい」と言って職員室に行きました。そして先生に聞いたんですね。「誰かにお怪我をさせて、迷惑をかけることはなかったでしょうか?」先生は「ありませんでした」と答えました。そしたら次に母が聞いたのは、「そのガラス窓は、おいくらでしょうか?」と。30円か40円だったと思います。当時としては大変高いです。その30円をおいて、母は黙って帰ったんです。その後姿を見て、(かっこいいな)と思ったんです。要するに、人に迷惑をかけない限り、どうして、やった、やった、とはやしたてられないといけないのか、そういう感覚、それを母は批判したのだと思います。後は、人に迷惑をかけない限り、契約だろう?損害を弁償すればいいんだろう?という事を後ろ姿で教えてくれたんだと思います。
私はそういう事が、これからの日本社会が大きく変わっていく時に、なーなーの部分をなくして、契約概念、まあそんな事、小学生ですからわからないですよ、契約概念なんていう言葉もないし、だけど、なんとなく、あ、そういう事を母は教えてくれたな、と思ったんです。私は、そういうある種の契約概念をきちんと政府との間でも、人と人との間でも持っていないと、ずるずるいくと思うんです。それを母が100円だったか200円だったか、国債の様なものを私に見せて、「これは今、100円の価値しかないのよ」と言って笑いました。今みなさんがもっている100万円が、何年後かに、かなりの確率でその頃と同じ状況が起きる可能性がある。今、円が売られて、このまま一本調子で行くとは思いませんが、インフレになると思います。円だけを資産で持っていると、日本全体の資産は小さくなって、物を買えない時代になると思います。
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▼崩壊過程?
私は、現在のロシアがソビエトと呼ばれていた時代に、年に5回も訪れていました。私はそういう混乱している所って、何が起きるかわからないので大好きなんですよね。それはもう治安はめちゃくちゃでした。ともかくウラジオストックなんかに行きますと、将軍というのが出てきてですね、(本当に将軍なのかな?)と思うおじさんが、まず帽子を売るんですね。そして勲章なんかも売るんですね。何でも売ってくれるんですね。そのうち、「一回、俺の倉庫に来い」と言うので行ったらですね、アルミのインゴットが向こう1キロ位あるような、「これを売るから」って言うんですね。「これって誰の?」と聞くと、「政府のだが、俺はエージェントだ。」と言うんですよね。訳がわからないですよね。要するにみんなで切り売りしてたわけですね。
そして、彼が見せてくれたのはヘリコプターです。あのオウムが買ったやつですね。あれは最初に僕に商談が来たんですね。買わないか、って言うんです。いくらするのか聞いたら「パジェロ。」だと言うんです。三菱パジェロとか言うんです。よく知らないですけど、パジェロって400万円位するんでしょうか?そのパジェロとこれを交換したいと彼は言うですね。すぐには返事をせずに、私は日本に帰って詳しい友達にどうなんだ?と聞くと、「まあ、大体、ソビエトのヘリコプターは一回飛ぶと一回落ちるな。」というアドバイスをもらいまして、まあ、方々で落ちていますけど、寒くてオイルとかが固まっちゃう事があるんでしょうが、買うのやめました。まあそんな風にして、彼らは政府の物を切り売りしていきましたよね。その後です、ウラジオストクで3ヶ月に及ぶ兵器庫の大火災が、小さな記事でしたが報道されました。(あーやったな・・・)と思いました。
要するに彼らは、さんざん中にあるものを売った後で、自分達で火を点けたんですね。それで証拠を隠滅したんです。しかし、燃え尽きるまで3ヶ月ですよ。それだけ広大な所を、彼らは資産として軍隊を持っていたんですね。そんな風にめちゃくちゃな事が行われていました。崩壊する過程では、もう本当に何が起こるかわからないです。悪い事には悪い事が重なっていきますから。今の状態でいろいろシミュレーション、予想していた事とは全然違う事がたくさん起きちゃうんですよ。その時に果たして今と同じように、みんなが一緒に仲良くやっていけるのだろうか、治安を維持できるだろうか、そこが試される。そういう意味で私は崩壊過程の国家って、国家っていつまでもあると思われていると思いますが、幾つかの国家は消滅しています。ソマリアもそうです、中央アフリカもそうです。国家って無くなるんですよ。土地はありますよ、それから、みんな住んでいますよ。でも税金を集める機能も無いし、治安を安定する力もありません。そういう所が、世界にはいくつもあります。そのようなものをたくさん見て、崩壊過程における日本社会のこれから、という事に関して私は敏感に感じて、このままで本当にいいのだろうか、と感じています。
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▼国債と借金と政治家たち
国債の話に戻すと、どういう事かというと、国債がやっと売れなくなり始めました。格付けもアルゼンチン並みになる、という新聞報道があります。そうなるとどうなるか、国債という借金は金利を上げる以外、売る事はできない。金利が上がれば、企業が借りる時の金利も上がるという事です。そうなってくると、ますます政府が払う金利も多くなってくる。今でも、歳入に近い位の借金を払っているわけですが、払えなくなるとどうするか、徳政令以外ないんですよ。
要するに、ソビエトでその時あったのは、1ドル=1ルーブルだった。あの時代、崩壊過程で1年間でどれだけ値下がりしたと思いますか?光通信が、21万円が今、1000円になって210分の1です。210万持っていた人は今1万円です。ソビエトでは1ドル=3000ルーブルになった。3000万円が1万円になりました。あんパン一個、10円が3万円になったようなものです。輸入したものに関しては、それ位値上がりしかねない。そんなになったら、もう誰も買えません。そんな混乱を私は見ているんですよ。その時、飛行機に乗っているとですね、一回乗り込んでいるんですけど、パイロットが降りていくんですよね。何するのかな?と私はその時はわからなかったんです。そして、離陸、着陸。そのとき、後輪から降りて、最後ふわっと前輪を降ろすんですよね。何でこんな飛び方するのかな?ロシアのパイロットというのは特別な飛び方をするのかな?と思って、タラプを降りる時に気になったので、前輪を見たんです。前輪がですね、よく車を乗りすぎると、白い糸がぼろぼろ出てくるじゃないですか?ああいった状態になっていたんですね。ですから、社会が混乱してしまったら何も供給されなくなってしまう。安全も何もないんですね。そんなような飛行機でよく落っこちなかったな、と思うくらいでした。
私はそのような事を見ているだけに、みんながもっと早くおかしい事はおかしい、国債を今買っちゃいけないんだ、これに早く気付いていれば、3年前に気付いていれば800兆円の借金が、一人頭1000万円の増税はなかったんです。皆さんの増税ですよね。日本社会って、こんな事やっていたら本当にだめですね。政府にやらせれば、やらせるほど借金が増える。そして、借金を彼らが払うならいいですよ。韓国の前大蔵大臣が、政権が変わった瞬間、逮捕されましたよね。だから宮沢さんなんて、ことによったらもう、まあそれまで生きていられるかわからないですけど、本当の事言ったら、もう万死に値するんじゃないですか?本人は世界で一番借金をした大蔵大臣として名が残るだろう、なんて他人事みたいな事言っていますけど、本当はもう犯罪ですよね、そんなの。結果として景気が良くなったならいいです、よくなっていないじゃないですか?結果責任を全然とらない。少なくとも彼の個人資産は没収ですよ。足らないですけどね、いくらお持ちか知りませんけど。その位の気概を持ってやらない政治家に、もうこれ以上借金をさせたらいけませんよ。私は世界を見てきて日本という国を考えると、とても変だと思うんです。通貨は落ち、治安は悪くなり、明るい事が何も無い社会。どうするんだ、一体。
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「後編」に続く
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