 | 2002.2.23 |  |
 | 「「市民の志が社会を再生する(後編)」 -地域ビジネス育成の現場から見た可能性と展開- 講師 市民バンク 代表 片岡 勝 |  |
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(後 編) ▼問題解決ビジネス
小さな会社と若者たち
そして、ここから後半に入りますと突如として明るい話題ばかりになるんですね。私の周辺は、今、とっても明るいです。何故かっていうと、問題解決ビジネスというのはですね、問題が起きれば起きるほどビジネスになる。問題解決ビジネスは永遠です。なんか巨人軍の長島前監督みたいなんですが、本当にそうなんです。要するに、今までの枠組みで解決できないだけなんです。知恵を働かせたり、みんなが知恵を持ちよれば、解決できる問題なんていくらでもある。私はやり始めたんです。これが、みんなおもしろい具合にうまくいっている。うまくいくって言っても、大儲けしているわけではないのです。トントンで成り立てばいい、というのが私の経営手法なんです。
小さい会社ばかりですが、現在8つの会社をやっています。一応、社長です。あんまり社長らしくない社長なんですが、それでもインターンも合わせて全部で、150人位が働いています。へー、と思われると思いますが、一応全部黒字です。でもそんなに儲かってはいないんです。ただ、いろいろなところに新しく投資したり、そういう余剰は発生させています。若者達の会社も10、NPOが7になりました。ほとんど、NPOの様な活動です。でも、これも連結で、毎月全国を結んで会議をやっているんです。10いくつもあれば、どこかの会社が潰れてもいいんです。もっと増やそうと思っています。10いくつの内、うまくいっている所が雇えばいいんです。いわば、若者の共済方式です。
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起業する若者たち
私の所は、大学の一年生の時からそういう事を始めるように薦めます。 法政で始めたという事で、法政の学生が多かったのですが、最近では山口大学とか、福岡大学でやっています。こういう事を教え始めると学生達が次々と1年生か2年生のうちに、起業を始めていく。学生時代にそういう体験ができるんですね。そして、必ずその生徒のご両親とお会いしています。新入生向けの雑誌に載せるために、山口大学の就職の責任の先生達と討論会をやりました。
そういう事を話していると、現在の若者達の芽をつんでいるのは、先生達ではないかと思うことがあります。先生達の古い考えが、若者達の新しい事をやろうとする考えを邪魔するんですよ。それは金儲けじゃないか、大学がやるべき事ではない、とかですね。そんな不安定なコースを学生に選ばせてもいいのか、とかですね。私は言うんです。銀行等はリストラの嵐です。大きいから安心だ、というのはもう終わったじゃないですか?その2、今、会社に入っても、40才になったら事実上、どの企業も選択定年ですよ。本当の事言ったら、35〜36才前後で決着が着くんじゃないですかね?企業にとって、必要な人か不必要な人かという区別は、大体それ位でつけてしまいます。定年まで勤められる方がいい、という考えの人にとって、それがそれが難しくなっているんです。
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狂牛病問題に見る自立
昨日まで上場していた会社が、一つ嘘をついた結果として、売上が7分の1ですものね。今日、お昼にすき焼きを食べました。そしたら、カッコして「豚肉」って書いてあったんですよね。すき焼きも、豚肉になってしまったんだ、と思ったんですけど。ああやったら、牛肉なんか売れないですよね。雪印食品が潰れて何も知らずに首になったひとは気の毒ですけど、さらに今まで牛を飼育していた人達にとっては本当に腹が立ちますよね。あんな事で、ますます狂牛病に加えて不信を増幅する。
イギリスの農林大臣がTVでインタビューを受けているのを見ました。「私は実を言うと、狂牛病に対して、十分な歯止めを出来なかった結果、辞任をした。私はとても辛い思いをした。しかし、一番、私が言わないといけないのは、私よりもっと辛い思いをした牛の飼育者への迷惑なんです。」と言うんです。これが普通の市民だと思うんですよ。政治家は誰も責任をとっていないじゃないですかね。
私は政治家を非難するという事を辞めちゃったんです。もう言い疲れた。そういう暇があったら、もう自分で全部作り直す。牛肉の問題があったら自分で牛を飼って、牧草を食べさせてそこからのものだけにすればいい、そう思い始めたんです。最近、私がNPOの理事長になって、半分そのお金を出しているんですが、美祢市という町が山口県の真ん中にあるんです。山口県が地方博覧会で「きらら博」を開催したんです。200数十万の人が入って成功したんですが、そこで、動物ふれ合いパークというものをやりました。牛だとかライオンだとかいろいろといました。その内の危険ではない動物を今後どうしようか、といった時に、これをイベントとして終わらせるのではなく、動物とのふれ合いの場として維持しよう、と、ボランティアの人達が立ち上がったんです。
しかし、立ち上げようとはいったもののお金がなかったんですね。そして、経営手法もありませんでした。わかった、といって私が理事長を引き受けまして、そこで「きららの里」という名前で、牛やくじゃくや蛇や馬もみんな連れてきて、6千平米の土地を買いました。東京生まれの人間としては、6千平米って、結構広いんですよね。地方からみると、6千平米なんて、もう猫の額なんですけど。そこで動物を飼い始めました。そういう風にすると、食べているものも含めて、本当に安心なんですよね。都市に住んでいると、流通経路が見えないじゃないですか。パックに張ってあるシールを信じるしかないじゃないですか?でも、そこで食べるビフテキは、本当にそこの牛なんですよ。そういう事例を作りたいと思っているんです。
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▼市民ビジネス最前線
障害者とボランティアの乗馬
地域で必要なことをしているといろんな人が協力してくれるんですよ。私がパートナーとして西京銀行と「しあわせ市民バンク」で融資もやっているんですが、そこの頭取も協力してくれたり、地元の保育園の先生とか、障害施設の人だとかいろいろな人達が協力してくれて、動物達がそういう人達の癒しにもなっているのです。それから、障害者乗馬というものもやっています。障害者の方達が乗馬をすると本当に元気になるんですね。もちろん危ないので4人位がつきます。そいう意味では一般的な意味でのビジネスにはなりません。ボランティアがそうやってやる形で成り立っています。私はそこをひとつの働く場に、雇用も作っていきたいと思っています。山口大学の学生が、いま候補者です。
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年間200回のイベントをした大学生 〜木更津での挑戦〜
そのように今、8つの地域に事務所を作っています。 その一つが、千葉県の木更津市です。 駅前そごうが倒産いたしました。新聞で話題になった市長さんから依頼がありまして、再建の為に協力してくれないか、という話がありました。記者会見の時に、記者から出た質問は、「こんなに流動的で、難しい時に何故あなたは協力するんですか?」という事でした。そうなんですよ。いい質問をしてくれた、と思いました。
儲からない事に誰かが手をそめないと、税金という形でもっとみんなが損をするんですよ、一肌ぬぐ人が地域に出てくる、その人がリスクを冒しながら様々な実験をする、それがこれからの地域の再生だと思うからやるんです。私の法政の筒井君という学生が、そこの責任者として500平米を運営しています。 私は、NHKの「にんげんドキュメント」という番組の取材を受けたのですが、彼はその番組の中で涙しています。町で私が言ったような事をやろうとすると、「何を若造が!」、「何をよそ者が!」と言われると。相手にもしてもらえないと。 しかし、彼は1年間、円形脱毛症になりながらも頑張って、去年の9月に一周年全館オープン、というのを叫ぶんですね。4万平米ありますからね、大変です。その半分位以上は使われていないのですが、それを全部使ってオープンしようというのですから、地元の商工会議所も誰もそんな事は言えなかったわけです。それを20才そこそこの若者が突如やろうと叫ぶ。
そこで彼は動き出す。250の市民団体も含めて商工業者が集まって、遂に全フロア−がオープンする。1日だけです。彼からは相談はありましたが、直接的には何も応援はしなかったのですが、当日講演を頼まれていましたので、エスカレータで上がっていきますと、その時前にいたおばあちゃんが、「このエスカレーターに鈴なりになるのは、そごうの開店時と、閉店時と、今日が3回目だね。」と言うのを聞きましてね、(やった!)と思いました。やっぱり、地域の中で、彼は1年間の間に200回イベントをやったといいます。2日に1回は何かしらイベントをやっているのです。疲れることなく発信し続け、疲れることなく参加の場を呼びかけたのですね。その結果、5000人が集まったのです。12万人の人口で5000人というのは大変な数字なんですけど、地元紙の社説になる位のニュースになりました。そういう事を若者達が出来る。こういう可能性が例えば出来ているのです。
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もうひとつの市役所 〜市川での挑戦〜
今年の4月、本八幡に「情報プラザ」というものができます。千葉県で一番地価が高い所です。ここの情報プラザの検討委員会の座長を頼まれたので、私が出したコンセプトは「もうひとつの市役所」という事でした。どういう事をしようかというと、今の行政の無駄を無くそうとすると行政以外にもうひとつ行政を作るしかない、という考えです。これをおもしろくないと思っている行政の職員は少なからずいらっしゃいます。行政がやっている事と同じ事を、市民がボランティアでどんどんやっていけばいいんです。そうすると競争になるんです。向こうはもちろんお金をかけてやっていく。こちらはかけずにやるんです。
皆が汗や知恵や人脈を持ち寄って、同じ事をやればいいんです。昨年、市川市に雪が降りました。その時に150人の人から、家の前の雪かきをなんとかしてくれ、と市川市役所に電話がありました。これは市川市の職員がやるべき事かどうか、皆さんはどうお考えになりますでしょうか?これをやれば、当然税金が使われます。まあ、職員で遊んでいるひとにやらせればいいじゃないか、という意見もありますが、なかなかそうもいかなくて、また新しいスタッフを雇ったりして、コストになっていく。こういう事については、私のアイデアでいいますと、雪が降ったらボランテイアの若者達にスコップを配っておいて、おじいちゃん、おばあちゃんで外に出られないという人をデータ−ベースで登録しておく。その中でも、身体の不自由な方から等、優先順位をつけておく。そしてこちらはひと肌ぬいで行くよ、とボランテイアの若者がかけつける。こうやって解決していけば、コストがかからないわけですよね。地域で地域の問題を解決できる。これが私の「もうひとつの役所」の考えなんですね。うまくいくかは民度と役所の姿勢でしょうね。
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町作り会社 〜若者たちが未来を築く〜
こういう風にして実験をやっていこう、ということで、若者達が11月1日に「町作り会社」というものを作りました。「いい町一番」ということで、「11月1日」ではないとダメなんだということで、この日に登記しました。そういう所に私は半分位は投資します。残りは地域オークションといいまして、地域の人たちに札を上げてもらって出資する、そういう方法でやっています。これもNPOで設立いたしました。もう認証されています。もちろん若者達もそんなにお金を集められませんが5万とか10万を持ち寄りまして、それで有限会社や株式会社を作るんです。就職ではない新しい働き方として、自分達の町を作っていこうという若者がここのところとても増えています。
千葉県でいいますと、野々村君という上智大学の4年生の学生は、就職先を蹴って、市川の町作り会社に出資して一緒にやっていこう、と言ったそうです。ご両親は泣くそうですよ。「せっかく就職が決まっているのに、どうして?」と聞くそうです。実は私は、明日も学校を辞めるという学生のお父さんと会う事になっています。青森から来られるそうです。私の所に来る学生は、どうも学校を辞めちゃうんですよね。学校で教えているのに、学校を辞めちゃうので、先生達からは非難されますしマズイんですが、でも、まあ、辞めた方が多分発見も多いし、その子の成長にとっていいに違いないと確信しているので、相談されたら「いいんじゃない?」等と言っています。
先ほど言いましたように、もうこれからは就職してそれで安泰なんてことはありませんから、自分で道を切り開くしかない、そういう若者達が未来を作ってく、そこで苦労をすればいいんだ、という考えですから、明日、青森からいらっしゃるお父さんにお会いしますが、同世代ですので親の気持ちもわかるので辛いことは辛いですし、「あなたが責任を持つのか?」と聞かれましても「いや、責任は持てません。子供が自分で決めることです」と答えざるを得ないんですね。でも、そういう選択をした若者は、学校は何も教えてくれないという事に気付いたと思うんですね。「○○大学卒となんていう事は意味がない」
「学校に行く事に新しい発見がない」この事に気付いてしまった以上、もう無理やり卒業しろ、というのは無理ですよ。と、大体そういう風にご両親に申し上げます。そうすると、お母さんの方が大体最初に諦めます。「そうね。」とか言って、明るいんですね。
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▼流動性の高い社会
私の所は学生も転勤があります。今、法政の学生が3人ほど山口に言っています。「はい、転勤!」と言うと「はい!」とかって言ってすぐ行っちゃうんですね。親は、山口からは通えないだろう、と驚くわけです。で、どうなるかというと、大体が停学か休学か退学をするわけです。「ひどいね」と言われればひどいんです。でも、ひどくないんですね。『彼らに新しい道を発見させた』となるかどうかは、私が死んでしまった後に、彼らが(あー、あの時言ってもらって本当によかった)と思うかどうかでわかりますが、ただ、僕はそういう時代はもう始まったと思っています。流動性の時代がもう始まったと思っています。
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MOBILITY(流動性)の国・アメリカ地域から生まれる構造改革
またアメリカの話で恐縮ですが、1985年に、私は15年勤めた銀行を辞めてアメリカに行ったんですね。その時、市民団体を回りました。そうすると、30代後半位の人でしょうか、その市民団体のボランティアの人が1週間ずっと案内してくれるんです。完全なボランティアです。交通費も何も要求しないんです。(何でこんな事をやっているんだろう?)と思いました。すると「私はこういうボランティアをやっていると、世界から次々にいろいろな人が来るのでそういう人と話をするのが楽しいんです」と言うんです。
彼は私にもいろいろと尋ねてくるんですね。「今まで仕事は何をしていたのですか?」と聞くので、「銀行員です。」と言いました。アメリカでは、銀行員は世間で言うところのかなり評価が低い職種と考えれていますので、(あー外れた・・・)という顔をされました。(こいつと話していても何も生まれない、創造性が無い典型だ)みたいな顔を、まずされました。「何で来たんですか?」と尋ねるので「いや、会社を辞めたんだ」と言いました。「何年勤めたんですか?」と聞くので「15年勤めました」と言うと、もうこれで口を聞いてくれなくなりましたね。「15年もお前同じ所に勤めていたのか?!」とか念を押されて聞かれましてね、いや、長く勤めているほうが日本では自慢だったんですけど、アメリカでは違うんですよね。で、「何で?」と聞いたら、「自分はロケットの開発をやっている。」と。3年でひとつ打ち上げるそうです。彼はその技術者なんですね。あと働かないで何年食えるか、これが豊かな証拠なんだそうです。実は自分は既にひとつ打ち上げた後、5年遊んでいるんだと言います。「お前はなんて情けない人生をやっているんだ。」と言われて本当に驚きましたね。今はもう違いますけど、あの時代は銀行員というのは安定したいい職業でしたよ。日本ではまあ15年で辞めずに定年までいた方がいい、という時代でしたよ。それがそう言われちゃうんですよね。流動性が高いな、アメリカ社会はすごいな、と思いました。だからアメリカ社会は変われたんですね。
男女の関係でもすごくおもいしろいですよ。ある若い夫婦で、旦那さんが弁護士で、奥さんが金融関係の技術を持っている人でした。その夫婦と一緒に食事をしたんですよ。そしたら二人が議論を始めたんですね。旦那はN.Yで、そして、奥さんはサンフランシスコで仕事をしているんですね。僕と食事をしたのはダラスでした。旦那さんが奥さんに「お前そろそろN.Y来いよ」と言うと、奥さんが「何言ってるの、馬鹿ね。あなたが仕事を辞めてサンフランシスコへいらっしゃいよ。」とか言って険悪なムードになったんですよ。要するに、結婚の形も働き方も全然違ったんですよ。
向こうでよくmobilityと言うんです。「日本はmobilityが高い社会か?」と聞かれて(引越しかなんかがよくある、っていう意味か?)と最初はわからなかったんですが、それは「流動性」という意味だったんですね。社会の中で、場所もそうですし職業もそうですし、いろんな事を流動して動ける社会、そういう事を「流動性の高い社会」と言う。結果的にしばらくして、「N.Yに来いよ」と言っていた旦那の方から手紙が来まして、住所を見ますと、サンフランシスコになっていました。要するに、アメリカでは夫婦という形も変わってきているんです。
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情報会社会で変わる所有の概念今、地域の再生がおもしろい
あれだけ少子化が問題になっていたスウェーデンでは、シングルマザーが遂に半分を越しました。もう結婚という形態をとっている方が少数派になったのです。もちろん、社会福祉が充実しているとかいろいろと要因はあります。
私はスウェーデンでしばらくグループホームで生活していました。日本のように何でも所有しようというのは行き詰まったと思うんです。そこではみんなでシェアしているんです。真ん中にリビングがあるんです。そして周りに8部屋位あって、みんなのプライバシーはそこなんです。週に1回位千円位出すんです。千円出すと何を食べていいかというと、ミルクとチーズとパンはいくら食べてもいいんです。その代わり、それだけだったらやっぱり淋しいわけですよ。もう少し何か食べたいなと思うと、お金のある人間は外に食べに行っています。でもお金のない人間は千円だけ出して、お金のある人間の分のミルクとチーズとパンで生活できるわけです。誰かの話し声とかして気に入った人がいると共通のリビングに出てきて一緒に話す、自分の時間が欲しくなったら部屋に戻る、という『グループホーム』なんですね。(あー、こういう感じなんだ)と思いました。
日本の『俺が!俺が!』といって所有しようとしてきた精神が、無駄なマンションを、無駄な建物をたくさん作ってきたわけですね。だけど彼らはシェアするんですよ。フィンランドはあんなに土地が広くて人口は500万人です。あそこが何故世界一、二の競争力を持つようになったのか、もちろん、通信機メーカーのノキアの功績は大きいです。日本が一番競争力があると言われていたのは1985年の後半頃ですよね。2番になり、3番になり、17番になり、現在は24番ですか?世界の先進国の中で最も競争力が無い国になってしまいました。それとどこが違うのだろうと考えますとやはり、所有感とかその辺りが、スウェーデンやフィンランドの人達と違うんですね。みんなでシェアしながらやろうや、広い所だからあまり所有なんて事を考えるのはよそう、情報化社会の発想ですよね。所有しよう、というのはやはり農耕社会ですよね。農耕社会の勤勉と情報か社会の創造性とは違う。農耕社会の組織と、情報化社会のネットワークも違う。そこでのランフスタイルも当然に違うわけです。
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創造性は真似できない
しかし、それがどうも行き詰まった。私は学生に質問をされて、あっ!と気付いた事があるんですね。「日本は今まで真似するのが本当に上手かった。何で今度の変化だけ真似られないんですか?」と。「いい質問するねー。」と、こういう質問だと質問だけですぐにAをあげちゃうんですけど、その質問をされて、私は思ったんです。今までならそのまま真似ればよかったんです。今度のアメリカとかフィンランドとの違いというと、創造性の真似なんです。創造性というのは真似られないんです。創造性というのは、人とぶつかって人と違う発想をする事ですから、同じコース、さっき言った○○大学へ行きましょう、ではないんです。そういうコースがあってもいいけど、自分が選ぶコースこそあっていい。自分で選択するから、個としてぶつかり合いの中から創造性が生まれる。
アメリカは、英語を家庭で話しているのは5割ですからね。N.Yの地下鉄なんかに行くと「あれ、何行きだ?」とか聞かれるんです。アフリカン系アメリカン人がそう旅行者に聞くんですよね。私なんかは、RとLの発音の区別がつかない。日本人には無理ですよ。だけど彼の発音は明らかに現地の人のものです。要するに、簡単に言うと文字が読めないんです。そういう人達がいる社会。多様性そのものです。こうした多様性の人々がぶつかり合っているんです。それがエネルギーです。
私は1985年にダラスでコンピューター会社のモデルタウンへ行きました。入り口で、「あなたは英語を喋りますか、フランス語ですか、スペイン語ですか、中国語ですか?」というのを選ぶんですね。そうすると1枚のICカードで、模擬タウンですから、例えば郵便局へ行くとスペイン語ならスペイン語等、自分が選んだ言語で対応してくれます。「いらっしゃいませ」から「いくらです」まで全てです。これを見て、1985年、まだ日本が自信満々の頃で、もうアメリカから学ぶ事はない、という位でしたから、こんなに非効率でどうやってアメリカっていう国はやっていけるんだろう?と思っていました。しかし、それを逆手にとってきたんですね。それを創造性にして情報化の中で優位性を持ち、まさに創造性を造る体制でぶつかり合ったんです。日本はぶつかり合わないから新しい発想が生まれないんです。
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▼リスクは自分で判断する
大きく時代を変えていく。それは何かと言いますと、例えば国債を買わない、買う人がいてももちろんいいんです。だけど、自分で判断すると危ないぞ、と思ったら、国債を買わない人が増えれば400兆円の借金の時に気が付いたと思うんです。日本政府が今困っている状態を、この半分の借金、皆さんの増税が1千万円ではなく、500万円のうちで今の状態を作る事が出来たんです。これは政府が悪いんじゃないんですよ。国債を皆が買ってしまった国民全体としての民度だと思うんです。もちろん私は国債なんか買いません。あんな危ないものは、と講演の度に言ってきました。確かに安全です、と書いてあります。必ず返って来ますと書いてあります。返ってくるかもしれないけれど、さっき言ったように価値は下がる。こういう事を一人一人がちゃんと判断する。こういう時代なんです。大きいところが言ったから安心だ、政府が言ったから安心だ。そうではないんです。どうもそういうところが言うほど怪しいぞ、と思います。ですから私は、政府が円をこれから歯止めをかけて買いにかかる時に私は売りに入ります。
私は英語は下手なんですが、色々な国に行って国際会議によく出ます。そこでの友人から電話がかかってきました。ルピアとかタイのバーツが暴落する前でした。「おまえの国では、首相を信用しているか?」と聞くんです。会議で会ったユダヤ人の友人です。「いや、信用してない」と言うと、「それはどれ位信用していないか」と聞くんですね。「ほとんど私の知っている限りでは信用していないんじゃないかな?」と言うと「ふーん」と言って電話を切るんですね。彼はいろいろな国の友人に電話をかけて同じ質問をしていたと思うんですね。そして、後は経済の大きさですよね。経済が大きい所は、売り浴びせたってなかなか通貨は落ちません。それで選んだのがスハルトだったんでしょうね。スハルトはインドネシア国民から信用されていない。(わかった、ルピアを売ろう!)大暴落です。タイも大暴落です。ボリュームがある日本はなかなか売り浴びせられなかったんでしょうね。こういう風にしていくんです。彼との電話を切って(何でそんな事を聞くんだろう?)と思ったんです。(あっ!ことによったら・・・)と思いまして、その時はだいぶん為替をさせてもらいました。こういう事で動くんですね、世界は。こういう感覚だと思うんです。要するに、政府が言った事の逆に大体は動く、国民は自分のリスクで動かないといけないんですよ。そういう感覚をも持って普段、国民は自立し、何かあった時にまとまる、こういう力です。民度というのは。
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▼新しい仕組み作りは地方から
日本社会はまとまっているようで、バラバラです。これが一番悪い状態だと思うんですね。アメリカはバラバラのようで日本よりまとまっている。私は新しい仕組み作りというのを地方で始めてみて、やりがいと実感を持っています。千葉だけではなく、いろいろな所でやっているわけですが、私の特徴はというと、理屈を言って議論して政治や行政を批判するという事はもう止めて、政治にも行政にも期待はしない、自分達で自治して行こう、もうこれ以外にはないんだ、自分達が自立的にものを判断して、世界の中での日本という立場からものを考えるように、行動するように。その為には一人一人の人がリスクをしょって、お金も銀行に預けるのではない。私は5〜6年位前に、『日本の銀行が3分の2になる日』という本を見た時、講演会で「いや、違うよ、『日本の銀行が3分の2潰れる日』だよ。」と言って回っていたんですが、本当にそうなりました。また、「去年の夏が経済はピークだよ。」とも言って回っていたんですが、本当にそうなっていますよね。トンネルから今抜け出そうとしているのではなく、これからトンネルに入るんだ、と言っているんですが、ほっておいたらその可能性はあります。
しかし、地域が日本社会を変えるとしたら、一人一人の人がリスクをしょって、地域の問題を解決する事に動き出す。その為に銀行にお金を預けるのではなく、身近な事業にお金を出してあげる、そんなこと難しい、と言われますが、銀行に預けるよりは安心ですよ。例えば、将来、介護の心配があるなと思ったら介護会社に出資する。私は福岡で50人位のヘルパー介護会社もやっているんですけど、そういう所に出資するのでもいいんですよ。例えば私がやっている市民バンクでは、様々な教育、フリースクールなんかもそうです。地域で不登校児がたくさん出ています。
今、学校がどういう事をやっているか、といいますと子どもたちの相談にのって、その子を学校に戻す。学校に戻ることが決してその子にとっていい事だとは思わないんですけど、何人学校に戻ったかが、相談員の評価の基準だというんです。本当は違うと思うんです。その子はもう学校には行かない方がいいんだ、そういう子にはそう言えないともうダメなんだ、と相談員達は言います。昔の枠にはめ込もう、はめ込もう、とするのはもう無理だし、その枠自体がもう壊れているという事を知るべきだし、その時に、じゃあ、壊れたのを喜んで批判しているのではなくて、自分は何をできるのかという事で投資をする事も、知恵を出す事も、NPOを作る事もすごく手堪えがありますし、人を育てるという事はとてもおもしろいですし、社会貢献というのは少し偉そうですが、そういう風にして活動していくことに対して、すごく実感があります。女性なんかは自己実現とか、そういうことで働く事に疑問を感じずにいます。私の所ではWWB「ウィメンズ・ワールド・バンキング」、という姉妹組織でビジネススクールをやっています。5千人以上が卒業しまして千人以上の女性が起業しています。そういう所に市民バンクは融資するんですね。女性の起業ということでいえば先端を走ってきました。
そして今は若者育成をやっています。それで、実は今年から山口県で予算化されましたので、地域の経営者達が地域の諸問題に参加してくれるようにという狙いで「コミュニテイービジネスカレッジ」を始めます。要するに経営者が自分のビジネスだけ儲けたらいい、といっていてもダメなんです。地域全体が上がらない限り地域間競争には勝てないんだ、という事で経営者達が地域でこれから動いてくれる、そういう事を7月から始めようとしています。枠組みが壊れる中だからこそ、この様な様々な仕掛けが次々とやれる時代です。
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▼6冊の本
この半年間で6冊の本を書きました。本など出した事がなかった人間がどうして一生懸命書いたかといいますと、日本から軸足をアジアに移そうかな、と思っているからです。日本のひとに気づいて欲しかった。時代の枠組みというのは本当に今変わっているんだと思う人が増えるかもしれないと期待した。このネットウェーブの様に皆が自発的に集まって動き出す、その為にも古い枠組みの中でものを考えてそれを正しいと言って、お子さんや周りに押しつけていく、それを壊したいなと思ったからです。
例えば、「人生のレールを乗り換える」なんていう本を出したんですが、本が出来上がった時に、そこの出版社の編集長が編集担当者を連れて私の所にやって来ました。編集長が私にこう言いました。「この本、本当に作らなかったらよかったと思います。この子は10年選手で私の右腕だと思っていたのですが、この本のタイトルにある様に、人生のレールを乗り換えるという決断をしてしまいました。」彼女は本当に仕事を辞めてしまったんですね。発売日に本を持ってきて、本当に辞めたんです。各自が時代の変化、将来に対して本気で考えるべきだと思うんですよ。本気で考えてみてそうだ!と思ったら今までの社会の常識と関係なく自分で決断する、そういう事を私は加速していきたいと思っています。
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▼市民の志が社会を変える
「日本を海外から見ている、外から見ている」という点で、岡島さんとは考え方が近いものがあると思いまして今日は喜んで参りました。多分、岡島さんも私も言いたい事は、「今までの日本の常識を持ち続けていたら、この大きな変革期は乗り越えられない。新しい時代の変化を、そして世界の中での変化を的確に掴んで将来をよく見据え、私達の生き方も、地域も、ことによったら政治の仕組みも変えていこうではないか」その様な事を呼びかけているんじゃないかな、そういう点に共感しまして、今日はお話をさせていただきました。ありがとうございました。
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