10/16(火)
火曜の夜は親友、畏友、悪友と言いたい放題

毎週火曜の夜は東京で僕の大切な親友、畏友、悪友たちと遅めの夕食をとることが多い。 お相手は親友の前衆議院議員の樋高剛氏、畏友の参議院議員初当選の田中康夫氏、そして悪友は現職の衆議院議員の松木謙公氏の面々。 それぞれに忙しいので会うのは夜の十時を回ってしまう。それから2時間あまり、友との言いたい放題の時間が始まる。
“各友”との関係は・・・樋高剛氏とは僕が6年前にNHKを辞めて自由党入りして参議院選挙に挑戦した時からのつきあいです。彼は小沢先生の秘書を経て衆議院議員に2回当選した政治の世界では僕の先輩です。小沢先生の家に住み込みで政治修行をして小沢先生に認められただけあって、その気配りと機転は豊臣秀吉を思わせるほどです。とはいえ、 大学では僕が同じ大学の同じ学部の先輩にあたりシチュエーション毎に立場が変わるという微妙な先輩後輩の関係です。結局は五分五分の親友となります。

田中康夫氏とは僕が初めて挑戦し当選した2003年の衆議院議員選挙の際に応援していただいたことから交友関係が始まりました。 年齢は彼が一つ上ですが、まあ同時代を歩いてきたということもあり、共に天の邪鬼なのか反権力的なのかは定かではありませんが 目指すべきところに共通点が多くあります。その途切れることない弁舌以上に知識の広さと問題意識の繊細さには思わずして尊敬です。 という訳で彼は畏友です。

そして松木謙公氏。どう考えても悪友ですね。彼は。もちろん、友情、人間愛を込めての言い回しです。 彼とは民由合併前の自由党でお互いに候補者だった頃からの付き合いです。松木氏は四人の中では唯一人の 現職の衆議院議員です。 世の中にはなぜかウマが合うという表現がありますが、それです。 松木氏はとにかく明るい、楽天家です。それでいてどこか冷静です。 彼は青学の学生のころに藤波孝生氏の書生となってから秘書を経て議員になりました。それ故に永田町のこと、自民党政治のこと、 まるで生き字引のようです。政局を読む分析力は僕らでは及びません。

一方で状況が不利であれ何であれ、人とのつながり、友情を第一にするという面があります。 僕が現職の時、羽田空港の拡張に関する予算の本会議採決がありました。民主党は賛成でしたが、 僕は羽田の拡張は首都圏の航空行政が千葉県などに不公平な分担を押しつけている状況では賛成 できませんでした。 民主党議員の中で千葉県の8人の議員が採決に際して抗議の議場退場をしました。 数の論理の採決には時にはそうした手段による意思表示も必要です。
僕は議場を出ました。ここで松木謙公議員はその真価、いや生きざまを発揮しました。 僕が議場を出て、1分後、議場の扉が再び開いたかと思うとそこから松木議員が出てきました。
「どうしたの」と聞くと「岡島が出たから俺も抗議するために出てきた」と興奮気味に答えました。 ああ、やっちゃいました。松木謙公です。この議案、民主党は党として賛成が決まっていました。
僕はは羽田発着の飛行機のコースが千葉県の上空しかも低高度のところに集中していることから、 航空行政の偏りに抗議して退場したのでした。北海道12区選出の松木議員は民主党の方針に従うのが普通です。
しかし、松木謙公氏は「おれはよくわからないけど、岡島が反対するにはよっぽど事情があるんだろうから、 おれは出てきた。おれはお前を信じているから」というのです。僕は「まったく、しょうがねえなあ」と
言いつつも心の中では何か嬉しさ、頼もしさ、ありがたさみたいなものを感じていました。党議に反する という“悪事”をしでかしてまで、友情、信頼を通すという行動は彼の生きざまを映し出していました。
という訳で、松木謙公は悪友です。やっぱり悪友の説明は長くなってしまいました。
以上3名の親友、畏友、悪友との言いたい放題、その中身はまた別項で述べてみたいと思います。