11/6(火)

同志よ、考える葦たれ
〜小沢一郎の思いとは〜

 

小沢代表の辞任表明から二日、今日も民主党本部では幹部や現職議員らが小沢代表の慰留に向けての慌ただしい動きを見せている。鳩山幹事長は参議院総会や衆議院議員の期別懇談会などを経て民主党議員の意見を取りまとめた上で議員の総意という形で今晩にも小沢代表に続投の要請をすることになる。

 

僕はこのブログを夕方の6時半に書いているので、これをアップしてから結論がでてくると思われる。しかし、今、現職議員の間で結論が出ていないこの時点であえて一言述べておきたいと思う。

 

今回の福田総理から持ち込まれた会談によって起こった連立騒動、そしてそれに続く民主党役員会での政策協議と連立に関する拒否の声、それを受けた小沢代表の辞任の意向表明。更には小沢代表が辞任に関する結論を最終的には民主党の役員、現職議員に委ねたという事実。今、こうした状況の中で民主党の現職議員らは戸惑いと模索の中で、小沢代表の説得という一点に向けて動いている。もちろん中には小沢続投を望まないという議員の声もあるにはあるようだが、それは数名の議員のようだ。

 

いずれにしても、この数日に起きている一連の動きは何を意味しているのだろうか。単に小沢代表の説得のために党内をまとめればそれでいいのだろうか。僕は小沢代表の胸中はそれだけのことではないと思う。

 

僕は、今、現職でないこともあってテレビや新聞報道などで、一連の動きをみているが、画面には民主党の役員や小沢側近といわれる議員が出て、「小沢さんは続投要請を受けてくれると思うよ」といったようなコメントをしている。しかし、なぜ、小沢代表が必要なのか、小沢代表がこの一連の行動の中で何を民主党の同志議員に投げかけているのかということについては、テレビ画面で語る議員たちの口からは聞こえてこないし、読みとることもできない。「とにかく続投を」という言葉ばかりが踊っている。

 

小沢代表はただ多くの議員に続投をしてほしいと声をあげてほしいとだけ思っているのだろうか。僕はそうは思わない。僕が政界に飛び込んだきっかけは小沢代表から「手伝ってみろ」と声をかけられたことからだった。NHKでの報道カメラマン、海外駐在員としての仕事を辞して自由党入りして政治への挑戦を始めた。当然の成り行きとして初当選した僕の衆議院での活動は小沢先生の側でご指導を頂きながらのものだった。

 

僕は同志と共に一新会という小沢先生の政策を勉強する会を立ち上げた。ここで普通なら、小沢先生の政策を学ぶのだからそこには毎回、小沢先生が出席して刻々動く政治の動きについてお話しいただくことになる。ほかの政策グループではそのリーダーの方が必ず出席して自分の考えを述べていらっしゃる。だからそこに出席しさえすれば、グループとしての考えの共有が容易にできるという。ある種の塾のようなものだ。そこに行きさえすれば答えがあるのだから。

 

しかし一新会は違った。小沢先生が顔を出すのは年に数回でしかない。大方は僕たちが自主的に政策や時事問題、そして国会情勢などについて話し合うというものだ。僕が落選後に立ち上げた候補者の会、一新会倶楽部でも小沢先生にお越しいただくのは年に数回でしかない。それも、小沢先生から激励を受けるくらいのものだ。一新会でも一新会倶楽部でも小沢先生がお話しになるのは「政権交代可能な日本の政治を作るためには、君たち自らが考えて行動しなければならない。君たちが意見を戦わしして議論をつくして、そして決まったことは一丸となって実行しなければならない」といったことだ。

 

当然、僕たちは七転八倒する。それでなくても狸のばかし合いのようなことが日常の国会というところで、時には設問さえも自分たちで考えて答えを見つけ出さなければならない。それは、単なる勉強会や塾のようなものとは明らかに違う。

 

では、政治家小沢一郎のもとで政治を学び、行動するとはどういうことなのだろうか。
僕がこの6年間、小沢一郎という政治家の近くで学んだ、いや、読みとったことは、小沢一郎の教えの真髄というのは「同志よ、考える葦たれ」ということだ。
もちろん、個別の政策について、例えば日本の国際貢献は国連主導の中でのものでなければならないといったようなことも小沢先生の考えを学ぶけれども、それは本を読んだってわかることでしかない。講演をきいたり、報道からもわかる。小沢先生から直接、答えを教えてもらうほどのことでもない。

 

現代社会の世相には、マニュアルが反乱している。人との付き合い、話し方、彼女の作りかた、政治家になる方法、選挙に勝つ方法、世の中、何でもかんでもレシピが揃っている。しかし、それでは個人の創造性や思考力といったものは失われていく。創造性や自立心といったものが失われてしまう。実は政界こそがそ
ういった自分で考える力を失った者の集団になっているのではないか。どこかのグループに属していれば答えがもらえるという安易な思考の政治家が増えてしま
っているのでないだろうか。

 

そうした風潮が蔓延している政界事情の中で、今回の一連の小沢代表の言動、行動を考えてみる必要があると思う。剛腕政治家・小沢一郎は今、民主党の同志に「政治家よ、考える葦たれ」と投げかけているのではないか。
辞任表明の記者会見で小沢代表は自らの進退は民主党の執行部、同志に委ねると言った。その言葉の意図するところは、単に小沢が必要かどうかというこではなく、今、民主党が二大政党政治の実現に向けて衆議院総選挙に勝つためには何を考えるべきなのか、何をすべきなのか、といったことを民主党の同志がここでしっかり考えてみるべきだと、問いかけているのではないだろうか。

 

単に、小沢代表に辞められたら民主党がもたないから辞めないでくれといった大合唱を小沢代表は望んでいるのではないと思う。「同志よ、考える葦たれ」そのことを小沢代表は問うている。そしてその次には民主党の全議員が参議院選挙の勝利の中で約束したマニフェスト、特に今回の党首会談がらみのテーマでいえば、国際社会と国民に政権交代してもこの国の安全保障は大丈夫だということを示した国連中心主義の外交方針を自民党にも飲ませ国是とした上でこそ、民主党を政権政党として訴えて総選挙に勝利できるのだというシナリオがあることを、小沢代表は私たちに気づいてほしいと思っているのだと思う。

 

小沢代表の今回の投げかけ方は少々、乱暴で説明不足の感は否めない。しかし、参議院の勝利に浮かれ気味でもあった民主党の議員、候補者、そして支持者には、「考える」きっかけになったのではないかと思う。

 

この時点で、小沢代表の続投はまだはっきりしていない、明日の両院議員総会で最終的に決まるということになるようだ。僕は是非、総会をマスコミオープンで開いてほしいと思う。民主党の議員、誰もが「考える葦」であるということを示さなければならない。小沢代表自身もそれを示さなければならない。

 

「万機会議を興し、公論に決すべし」だ。まずは国民を代表する議員自らが考える葦たらんことを示しさえすれば、今度は小沢代表が自らの考え、思いをきちんと説明してくれると、僕は思っている。こうした経過を経て民主党は政権政党として成熟の階段を上がっていかなければならない。情けない話ととられるかもしれないが、この現実を突き破らなければならない。僕たちは考える葦たることを証明しなければならない。

 

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