space

7月2日(水)

space
space
space

7月、物価が灼熱となった!!

7月1日、ガソリンが1Lで180円を超えた。

マヨネーズも食用油も小麦粉も野菜ジュースも、国際便の燃油サーチャージも、そして電力、ガスといった公共料金もが全国で一斉に値上がりした。
本格的夏を前に物価が灼熱となった。
米国のサブプライムローンの破たんにより投機マネーが原油や穀物の市場に流れこみ相場が高騰した。世界的インフレか。
日本では、収入が上がらず物価だけ上昇するスタグフレーションなるお可能性がある。放っておいたら大変なことになる。

原油も穀物も世界需要が激増!!

これを一時的だという説明があるが、とんでもない。
原油や穀物の高需要は、今や先進国だけではない。
中国やインド、そしてブラジルなどの人口が合わせて30億人もの地域で爆発的に長期的に需要が沸騰している。アメリカでは長期年金基金からも機関投資家が原油や穀物市場に長期的視野から資金を流しているという。今や一時的現象ではない。

サミットで投機マネーの国際規制を!!

原油、穀物の相場についての新しいルール作りをサミットで講じるべきだ。

福田総理は温暖化や自衛隊のPKO派遣などを売りにしようとしているが、それだけでは的外れだ。このまま国内での物価対策も講じないままに、サミットでも日本が世界的インフレについて役割を果たさなければ、地球温暖化よりも先に私たち国民が“灼熱の物価高”で干上がってしまう。

この世界的インフレ兆候に対してサミットの場で
日本が声を上げて、投機マネーの国際規制などの対策を講じなければならない。

 

 

space
space

6月16日(月)

space
space
space

説明責任なき制度は廃止すべき

〜後期高齢者医療制度〜

後期高齢者医療制度による二回目の年金の天引きが13日に全国一斉に行われた。またもや全国で誤徴収が相次いでいます。また、低所得の高齢者と現役世代の負担が大幅に増えることも明らかになってきました。

現役世代が加入する健保ではすでに141の組合で保険料が値上げです。というのも、その中身は国の負担を6200億円も減らすのに、高齢者には100億円、現役世代には1100億円と合わせて1200億円の負担増を背負わせることにして、総額では高齢者医療費を5000億円減らすことにしたのがこの制度の実態なのです。

この制度は2003年に与党の強行採決で決まり5年間も準備期間がありましたが、厚生労働省は、この制度について高齢の方々にも現役世代にも何の説明責任も果たしませんでした。春の突然の通達だけでした。

政府が「導入の目的は現役世代の負担を減らすこと」と言っていたのは、「ごまかし」だったのです。低所得者ほど負担減になるというのもいわば「大ウソ」でした。説明責任を果たせない制度は廃止するのが当然です。


 

space
space

4月24日(木)

space
space
space

消えた年金、それでも天引きなのか

〜官僚と与党の杜撰さの所業・後期高齢者医療制度〜

後期高齢者医療制度により今月15日から75歳以上の年金から一人当り月額平6200円が天引きされ始めました。5000万件の年金問題は未解決のままに、75歳以上の方々だけが年金の天引きというかたちで現保険制度から引き剥がされたのです。

75歳以上の天引きに加えて、サラリーマンの健保組合でも、65歳以上の高齢者医療への拠出金が5千億円も負担増になり、保険料も値上がります。こうしたことはまさに源泉徴収、取りやすいところからとる官僚手法そのものです。

後期高齢者医療制度は、これまでに薬害や耐震偽装、年金記録問題などの問題で露呈したところの自らには甘く国民には負担を強いるという官僚と与党による行政の杜撰さがもたらしたものです。

自らの杜撰さを国民にしわ寄せする官僚と与党のいわゆる「官僚支配」を解体すべきです。それによって行政の無駄をなくして安易な国民への負担増を止めることで高齢社会を支える財源をできる限り確保すべきです

 

 

 

space
space

1月16日(水)

space
space
space

民主党 党大会

民主党の年に一度の定期党大会が16日午後、横浜市のパシフィコ横浜で開かれた。結党から10年、自由党との合併から5年という節目の年に開かれた今年の党大会には、民主党所属の全国会議員、各都道府県の幹事長ら役員と衆議院選候補予定者らが参加した。

党大会で挨拶に立った小沢代表は「年内にも予想される総選挙で政権を交代して、国民の生活第一の政策と政権交代可能な本物の議会制民主主義を実現する。そのために火の玉となって戦う」と次期衆議院選挙に向けた決意をのべた。

僕は千葉2区の候補予定者の黒田雄氏と千葉11区の候補予定者の金子健一氏と共に参加した。会場には全国からの同志が集まっていた。多くの仲間にも久しぶりに再会したが、誰もが次の戦いに向けて懸命に活動しているだけあって目つきが違った。ギラギラ輝いていた。みんなお互いの政治活動について情報交換し
ては激を飛ばしあっていた。
真剣そのもの。みんな負けられない。

僕も次の総選挙は政権交代の最後のチャンスであり、僕にとっても最後の戦いであるとの思いをあらたにした。思いは熱く冷静に、行動は突破あるのみ。

 

space
space

12月31日(月)

space
space
space

“僕には夢がある 突破そして再生へ” 
                         岡島一正

この新春は昭和から平成に入って早や20年の節目を迎えました。20年前の昭和64年の1月7日午前6時33分に昭和天皇は崩御され昭和は終わり、平成が
始まりました。

日本国民がその昭和天皇とともに歩んだ昭和は激動でした。その時代は経済恐慌、戦争、平和、経済成長、一億総中流階級、バブルと流れました。そして平成に入っての20年はといえば、バブル崩壊、軍事的国際貢献、経済低迷、構造改革とそれによる格差社会、高齢社会、年金崩壊と続き、昭和にはあった明日への夢や豊かさへのチャンスが消えたかのような社会になってしまったのです。

このままではいられません。僕には夢があります。誰にもチャンスと温もりのある平和で豊かな社会、日本に再生することです。僕は本気です。そのためには突
破しなければならないものがあります。格差社会、みせかけの構造改革、しがらみの政治などです。

今年はこれまで以上に、皆さんに僕の思い「夢に向けて、突破そして再生へ」と訴えます。今年は鼠年、ネズミのように“ちょこまかちょこまか”町を歩き自転車で走り、皆さんに僕の本気を訴えさせていただきます。

そして政権交代の壁を突破します。

 

space
space

11月8日(木)

space
space
space

連立騒動の中の民主主義


今回の小沢代表と福田首相の党首会談騒ぎの件で日本人は民主主義というものには多数決で白黒つけるというだけの単純なものだけではなくて、それにいたる過程においては緻密であったり、狡猾だったり、時に滑稽なほど単純であったりとある種、奥深いものがあるのだということを期せずして学ぶ結果になったのではないかと思えてなりません。

 

民主主義の先進国というアメリカやイギリスそしてドイツではもっともっとしたたかな民主主義が国をつくり国を守っています。時にそれは自国の素朴な国民や他の国の単純なほど分かりやすい民主主義を騙したり傷つけることになるのですが・・・

 

 

space
space

11月7日(水)

space
space
space

小沢続投決まる
〜マスコミオープンの中で〜

今日、午後4時半から開かれた民主党の両院議員懇談会で小沢代表の続投が正式に決まった。

僕が昨日のこのブログで望んだ通りに今日の両院議員懇談会は全マスコミにオープンで開かれた。テレビの中継も入った。TBSは小沢代表の会見を中継した。
「万機会議を興し、公論に決すべし」が実行されたことは何よりだった。

この数日間の民主党の混迷についての代表自身による説明がされた後、小沢代表は次の衆議院議員総選挙に命をかけて挑むことを改めて公に誓った。

今日の説明や会見で十分だったとは言えないかもしれない。しかし、これからは、小沢代表、そして僕たちが自らの政権交代にかける本気を訴えることが今回の混迷ともいえる事態への答えになると思う。

 

今日から再出発だ。

 

 

space
space

11月6日(火)

space
space
space

同志よ、考える葦たれ
〜小沢一郎の思いとは〜

小沢代表の辞任表明から二日、今日も民主党本部では幹部や現職議員らが小沢代表の慰留に向けての慌ただしい動きを見せている。鳩山幹事長は参議院総会や衆議院議員の期別懇談会などを経て民主党議員の意見を取りまとめた上で議員の総意という形で今晩にも小沢代表に続投の要請をすることになる。

僕はこのブログを夕方の6時半に書いているので、これをアップしてから結論がでてくると思われる。しかし、今、現職議員の間で結論が出ていないこの時点で
あえて一言述べておきたいと思う。

今回の福田総理から持ち込まれた会談によって起こった連立騒動、そしてそれに続く民主党役員会での政策協議と連立に関する拒否の声、それを受けた小沢代表の辞任の意向表明。更には小沢代表が辞任に関する結論を最終的には民主党の役員、現職議員に委ねたという事実。今、こうした状況の中で民主党の現職議員らは戸惑いと模索の中で、小沢代表の説得という一点に向けて動いている。もちろん中には小沢続投を望まないという議員の声もあるにはあるようだが、それは数名の議員のようだ。

いずれにしても、この数日に起きている一連の動きは何を意味しているのだろうか。単に小沢代表の説得のために党内をまとめればそれでいいのだろうか。僕は
小沢代表の胸中はそれだけのことではないと思う。

僕は、今、現職でないこともあってテレビや新聞報道などで、一連の動きをみているが、画面には民主党の役員や小沢側近といわれる議員が出て、「小沢さんは
続投要請を受けてくれると思うよ」といったようなコメントをしている。しかし、なぜ、小沢代表が必要なのか、小沢代表がこの一連の行動の中で何を民主党の同志議員に投げかけているのかということについては、テレビ画面で語る議員たちの口からは聞こえてこないし、読みとることもできない。「とにかく続投を」という言葉ばかりが踊っている。

小沢代表はただ多くの議員に続投をしてほしいと声をあげてほしいとだけ思っているのだろうか。僕はそうは思わない。僕が政界に飛び込んだきっかけは小沢代
表から「手伝ってみろ」と声をかけられたことからだった。NHKでの報道カメラマン、海外駐在員としての仕事を辞して自由党入りして政治への挑戦を始めた。当然の成り行きとして初当選した僕の衆議院での活動は小沢先生の側でご指導を頂きながらのものだった。

僕は同志と共に一新会という小沢先生の政策を勉強する会を立ち上げた。ここで普通なら、小沢先生の政策を学ぶのだからそこには毎回、小沢先生が出席して刻々動く政治の動きについてお話しいただくことになる。ほかの政策グループではそのリーダーの方が必ず出席して自分の考えを述べていらっしゃる。だからそこ
に出席しさえすれば、グループとしての考えの共有が容易にできるという。ある種の塾のようなものだ。そこに行きさえすれば答えがあるのだから。

しかし一新会は違った。小沢先生が顔を出すのは年に数回でしかない。大方は僕たちが自主的に政策や時事問題、そして国会情勢などについて話し合うというも
のだ。僕が落選後に立ち上げた候補者の会、一新会倶楽部でも小沢先生にお越しいただくのは年に数回でしかない。それも、小沢先生から激励を受けるくらいの
ものだ。一新会でも一新会倶楽部でも小沢先生がお話しになるのは「政権交代可能な日本の政治を作るためには、君たち自らが考えて行動しなければならない。君たちが意見を戦わしして議論をつくして、そして決まったことは一丸となって実行しなければならない」といったことだ。

当然、僕たちは七転八倒する。それでなくても狸のばかし合いのようなことが日常の国会というところで、時には設問さえも自分たちで考えて答えを見つけ出さなければならない。それは、単なる勉強会や塾のようなものとは明らかに違う。

では、政治家小沢一郎のもとで政治を学び、行動するとはどういうことなのだろうか。
僕がこの6年間、小沢一郎という政治家の近くで学んだ、いや、読みとったことは、小沢一郎の教えの真髄というのは「同志よ、考える葦たれ」ということだ。
もちろん、個別の政策について、例えば日本の国際貢献は国連主導の中でのものでなければならないといったようなことも小沢先生の考えを学ぶけれども、それ
は本を読んだってわかることでしかない。講演をきいたり、報道からもわかる。小沢先生から直接、答えを教えてもらうほどのことでもない。

現代社会の世相には、マニュアルが反乱している。人との付き合い、話し方、彼女の作りかた、政治家になる方法、選挙に勝つ方法、世の中、何でもかんでもレ
シピが揃っている。しかし、それでは個人の創造性や思考力といったものは失われていく。創造性や自立心といったものが失われてしまう。実は政界こそがそ
ういった自分で考える力を失った者の集団になっているのではないか。どこかのグループに属していれば答えがもらえるという安易な思考の政治家が増えてしま
っているのでないだろうか。

そうした風潮が蔓延している政界事情の中で、今回の一連の小沢代表の言動、行動を考えてみる必要があると思う。剛腕政治家・小沢一郎は今、民主党の同志に「政治家よ、考える葦たれ」と投げかけているのではないか。
辞任表明の記者会見で小沢代表は自らの進退は民主党の執行部、同志に委ねると言った。その言葉の意図するところは、単に小沢が必要かどうかというこではなく、今、民主党が二大政党政治の実現に向けて衆議院総選挙に勝つためには何を考えるべきなのか、何をすべきなのか、といったことを民主党の同志がここでしっかり考えてみるべきだと、問いかけているのではないだろうか。

単に、小沢代表に辞められたら民主党がもたないから辞めないでくれといった大合唱を小沢代表は望んでいるのではないと思う。「同志よ、考える葦たれ」そのことを小沢代表は問うている。そしてその次には民主党の全議員が参議院選挙の勝利の中で約束したマニフェスト、特に今回の党首会談がらみのテーマでいえば、国際社会と国民に政権交代してもこの国の安全保障は大丈夫だということを示した国連中心主義の外交方針を自民党にも飲ませ国是とした上でこそ、民主党を
政権政党として訴えて総選挙に勝利できるのだというシナリオがあることを、小沢代表は私たちに気づいてほしいと思っているのだと思う。

小沢代表の今回の投げかけ方は少々、乱暴で説明不足の感は否めない。しかし、参議院の勝利に浮かれ気味でもあった民主党の議員、候補者、そして支持者には、「考える」きっかけになったのではないかと思う。

この時点で、小沢代表の続投はまだはっきりしていない、明日の両院議員総会で最終的に決まるということになるようだ。僕は是非、総会をマスコミオープンで
開いてほしいと思う。民主党の議員、誰もが「考える葦」であるということを示さなければならない。小沢代表自身もそれを示さなければならない。

「万機会議を興し、公論に決すべし」だ。まずは国民を代表する議員自らが考える葦たらんことを示しさえすれば、今度は小沢代表が自らの考え、思いをきちんと説明してくれると、僕は思っている。こうした経過を経て民主党は政権政党として成熟の階段を上がっていかなければならない。情けない話ととられるかもしれないが、この現実を突き破らなければならない。僕たちは考える葦たることを証明しなければならない。

 

 

space
space

11月5日(月)

space
space
space

万機公論に決すべき時
〜連立構想と代表辞任意向の中で〜


「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」、今こそ、民主党執行部や現職国会議員は明治天皇が示した五箇条の御誓文の一条を思い起こすべき時です。

五箇条のご誓文は明治元年、1868年4月6日、明治天皇が示した明治政府の基本方針です。その起草は明治政府参与の由利公正が第一案を起こし、それに制度取調参与の福岡孝弟が第二案を示しました。最後に筆を入れたのは総裁局顧問の木戸孝允でした。

五箇条のご誓文は坂本龍馬の船中八策を元にしているとも言われています。この五箇条の第一条が冒頭の言葉「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」です。

この言葉はその起案に関わった先達のねらい、おもいを超えるように明治後期の自由民権運動の民権論者によって民選議会を開くべきことの根拠として解釈され
るようになりました。また明治政府もその解釈を認めることにもなりました。

結果としても、この言葉は明治政府の国是が発足当初から公議を標榜していたことを示しています。

明治維新から130年にもなろうしている中で、今、日本を代表する二人のリーダーによって持ち出された大連立構想とそれに続く民主党の小沢代表の辞任とい
う問題、今、この問題がこの国に芽生えそして開花を目前にしている二大政党による政権交代という歴史的大輪の花を覆いかけているかのようです。

今こそ、民主党は代表の辞任意向の発表への対応とあくまでも選挙による政権交代を党是とするという、二つのことをきちんと民主党の国会議員全員による両院
議員総会や党大会といった形で公に論議して今後の体制を国民に示すべきです。

民主党の行く末はこの国の民主主義の行く末そのものです。それは民主党は単に党員のためだけの政党ではなく、国民のための政党であるということです。国民の生活を担う政党だからこそ、今こそ、万機公論に決すべき時です。

 

 

space
space

11月2日(金)

space
space
space

14年ぶりの野党提出法案通過
   〜年金流用禁止法案〜


2日午前の参議院本会議で年金流用禁止法案が民主党など野党の賛成多数で可決されました。これは、14年ぶりのことになります。

この法案は、公的年金の保険料を年金の給付以外には使えなくする法案です。この法案ではこれまでのように無駄遣いの象徴とされてきたグリーンピアなどの大
型施設の建設、維持のためには保険料は使えなくなります。

更には、年金を運用する上での事務的経費などにも保険料は使えなくなるものです。この法案は年金保険料を年金の給付だけに特化するもので、年金の給付と負
担がわかりやすくなります。この仕組みでは、大型福祉施設を飾り言葉にした予算の無駄遣いなどにも監視の目が行き渡るようになります。

一方で、この仕組みだけでは、福祉施設の整備や年金運用の事務的経費などを税で賄うことになるわけです。この法案だけで年金問題が解決するわけではありません。今後、それ以外に財源確保に関わる行政経費の見直しや税制改革など財政全般にわたる民主党の考え方、政策を示していかなければなりません。

もちろん、民主党は参議院において包括的な政権運営についての法案を次々に準備しています。衆議院の民主党議員も一体となって政策立案に取り組んでいます。もちろん、今は現職ではなくても僕もイラク、アフガニスタン問題や自衛隊の国際貢献の問題、教科書問題、行政改革などに自分の考え、政策を練っています

今回の14年ぶりに参議院を通過した野党提出法案である年金流用禁止法案は衆議院で審議されることになります。衆議院では自民公明の与党が絶対多数ですから、そのまま法案が成立するのは難しい状況ですが、無駄遣いをやめようという国民の多くが支持している法案を野党提出だからといって与党は簡単に否決できるのでしょうか。そしてこれからもその他の法案で国民の視点にたった民主党法案を与党は潰し続けることが許されるのでしょうか。まずは衆議院での審議に注目したいと思います。

 

 

space
space

10月30日(火)

space
space
space

森田実先生からの贈り物
  “自民党の終焉”

先週末、僕が事務所で書き物をしていると、宅急便が届いた。中身は一冊の新書本。送り主は森田実先生だった。本の著者はもちろん“森田実”でタイトルは“
自民党の終焉 〜民主党が政権をとる日〜”だった。

今日、30日の段階で、僕はまだこの本を読み終わっていないので、全体の感想についてはまだ述べることができない。しかしこの新書で森田先生が語っている
ところの要点だけ上げてみる。


この新書で森田先生は、安倍前首相が政権を投げ出したことに見られるように自民党政治は終焉に向かっていると分析し、その上で民主党は政権党としての準備ができているということを説明しておられる。
たとえば、小沢一郎に首相は任せられるのかといったことや、民主党の経済政策はどうなっているのかということや、民主党の外交政策などについてのいわゆる世間の疑問に答えてくださっている。

森田先生には以前にも単行本を頂いたこたがある。“アメリカに使い捨てられる日本”という本だ。これは小泉郵政民営化が象徴するようにアメリカ政府の日本
政府に対する改革要望書のとおりに政権運営する自民党政治の実態を暴いた本で、小泉ブームに踊らされてしまった多くの方々にも読んでほしい一冊だ。

今回の本は政治評論家としてはかなり民主党に肩入れしていると言える本だが、大マスコミが長い間、小泉応援団を形成していたことを考えれば許されるものと
思う。いずれにしても僕たち民主党で政治活動する者には力強い応援の本として受けとめたい。

森田先生とは僕が小沢一郎代表の政策集団である一新会の研修会の際に森田先生を講師としてお招きした時から先生にご指導いただくようになった。それ以前からも僕の父とは旧知の仲だったということもあって、親しくさせて頂いている。

森田先生は皆さんがご存じのとおり反骨の政治評論家として現代政治を鋭く批評してこられた。また、ここ数年は小泉政治を批判し続けたことからマスコミ特に
テレビからは降板の憂き目にあうなど敬遠されてきていた。そうした中で森田先生は挫けることなく、現代政治、今はとりわけ自民党政権の政治のゆがみと限界
を指摘し続けている。

このブログを読んでいただいている皆さんには是非とも、現代政治の羅針盤とも評せる森田実先生の著作を手にとって読んでほしいと思う。

 

 

space
space

10月28日(日)

space
space
space

秋晴れに恵まれて

28日は昨日の大雨が嘘のように青空の晴れ渡る一日でした。まぶしい日差しの中、市原市や千葉市の各地では多くの秋の催しが開かれていました。



姉崎駅前にある妙経寺では町の商店が中心となって町おこしにと6年前に始めた門前市が開かれました。商店や臨海企業からの出店などが並び賑やかな一日でした。



市原市の中央武道館ではレクリエーション協会と体育協会の共催によるレクリエーション祭が行われました。ちびっ子相撲の部には320名の小学生が参加しました。


市原市内の白金地区では町内の高齢者などが中心となってふれあい祭が開かれ、お年寄りの方々らが、自慢のノドをカラオケで披露していました。


大厩地区では、普段子ども達とスポーツをする機会もないという中高年の皆さんが昨日の雨でまだぬかるんでいる広場でスポーツを楽しんでいました。

千葉市緑区の平山小学校区では、六つの町会が合同での運動会が開かれました。千葉市はグランドの水はけ対策が完備していて、雨の影響もなく参加者は元気に走っていました。


同じ緑区の土気公民館では、普段、公民館でクラブ活動をしている皆さんがそれぞれの得意な音楽や演芸を披露する文化祭が行われました。参加者誰にも秋の晴れ舞台でした。


今日はどこに行っても、子ども達の元気と高齢者の皆さんのやる気が大空にも立ち上るほどの活気ある秋晴れの一日でした。

 

 


space
space

10月27日(土)

space
space
space

みんなで支え合う養護学校

27日の土曜日、雨が強く降り続ける中、千葉市若葉区大宮にある千葉市養護学校で、文化祭が行われました。



この文化祭は毎年、秋のこの時期に養護学校の校庭などを使って開かれているものですが、土曜日は台風20号の影響で朝から大雨が降り続けていたために今
年の文化祭は体育館や教室を使って開かれました。


僕は高校時代の同級生の篠崎和子さんの長女の由美子さんがこの養護学校の高校の課程で学んでいる関係でこの文化祭を訪れました。

文化祭では、養護学校で学んでいる生徒たちが舞台で踊りを披露したり、普段の授業でつくった絵皿や手編みのバッグなどの作品、それにサツマイモやゴボウなどの農作物などのバサーが行われていました。

作品や農作物はどれも中学、高校の課程の子供達が丹誠込めて一途に取り組んだものばかりで、本職の職人や農家の方々も顔負けの出来映えでした。

会場には、子供達のご家族や学校の近所の方々らが大勢訪れて子供達の手伝いをしたり、作品や農作物を買い求めていました。また、近くの中学校の女子生徒たちも青いジャージ姿で作品の販売などのボランティア活動に参加していました。

あいにくの雨とはいえ、文化祭が開かれた養護学校の建物の中は、子供たち自らが一生懸命に努力し、そして家族やボランティアの子供達がみんなで支え合うふ
れあいで溢れていました。

 


space
space

10月23日(火)

space
space
space

小沢一郎政治塾の募集

小沢一郎政治塾の八期生の募集が始まった。僕のホームページにも募集のバナー広告をのせている。

小沢一郎政治塾はいわゆるの政治家の養成塾ではない。小沢先生はいわゆる日本一新の志をもって、政治、経済、その他の社会で次代を担って活動する若者を育てようという趣旨でこの塾を主催している。

八回目を迎えるが、今回も政治、経済、文化の各方面から著名な方々を講師にお招きする予定だ。現職の国会議員も政策などの講師として講義にあたることにな
る。僕は地元活動に集中しているので、あまり時間がとれないが、国際関係やテロの問題などで話をする機会があるかもしれない。

小沢一郎政治塾には、様々な分野から多様な目的をもった若者が集まるので、塾生に合格した方たちはお互いに刺激し合って未来に価値ある成果を得るに違いないと思う。ぜひ、一人でも多くの若者に応募していただきたいと思う。


space
space

10月20日(土)

space
space
space

元気な子供とたくさんのお年寄り


保育園の運動会

19日は、ちはら台保育園の運動会から姉崎神社の祭礼、千葉市ちっびこ相撲大会など、また20日は早朝の草野球千葉県大会にはじまり、五井地区や八幡地区の市民体育祭に顔を出し、草刈の芋煮会、そして若宮地区の運動会、大厩の秋祭り、夕方5時には鶴峯八幡宮での神楽祭りに参加した。


千葉県 草野球大会

学校の運動会と違い市民体育祭は年の差が70歳以上も離れているような子供から高齢者までだれもが参加していた。各地区の祭礼などにも赤ちゃんから小中学生、そして成人、お年寄りまで老若男女みんなが参加していた。

寿昇会チャリティー民舞(市原市民会館)

各会場で参加した人達はみんな元気で楽しそうな様子だったが、どこの行事にしても子供よりお年寄りの人数のほうが目立っていた。

大厩の秋祭り

市原市や千葉市でこうした行事に僕が参加し始めたここ5年だけでも、年々子供の参加者の数が減りお年寄りの参加者が増えているのを実感する。少子高齢社会の実態はこうしたは市民体育祭などの地域の各種行事の現場にもあらわれ始めている。

鶴峯八幡宮で餅投げをする岡島

鶴峯八幡宮 神楽の舞

 

space
space

10月18日(木)

space
space
space 松木謙公 衆議院議員のパーティー

乾杯の音頭をとる岡島

18日木曜日、東京の品川にあるホテルで、松木謙公衆議院議員の東京後援会のパーティーが行われ、後援会の方々や同僚の議員、そして芸能界の友人たちで賑わいました。

松木謙公衆議院議員は、先日このブログでお伝えした僕の“悪友”です。さすが、顔の広い松木議員です。一般の方300人あまりと国会議員20人ほど、そして芸
能界からも稲川淳二さん、十勝花子さんら、また棋界からは米長邦雄永世名人までもが顔を出していました。

松木謙公 衆議院議員

もちろん、親友の樋高剛前衆議院議員も畏友の田中康夫氏も来ていました。

 岡島  松木謙公衆議院議員 稲川淳二さん

僕も参加して悪友として乾杯の音頭をとらせていただきました。僕は「突き破らなけれならない社会構造がある。突き破らなければならない政治がある。突き破らなければならない国の形がある。民主党自体にも突き破らなければならないものがある。それらのしがらみを突き破る政治活動の先頭として松木議員にがんばってもらいましょう。カンパーイ」と挨拶しました。


   岡島      河村たかし 衆議院議員

参加者はみんな元気で、会場は政権交代へ向けた熱気で溢れていました。

 

 

space
space

10月16日(火)

space
space
space 火曜の夜は親友、畏友、悪友と言いたい放題

毎週火曜の夜は東京で僕の大切な親友、畏友、悪友たちと遅めの夕食をとることが多い。 お相手は親友の前衆議院議員の樋高剛氏、畏友の参議院議員初当選の田中康夫氏、そして悪友は現職の衆議院議員の松木謙公氏の面々。 それぞれに忙しいので会うのは夜の十時を回ってしまう。それから2時間あまり、友との言いたい放題の時間が始まる。

“各友”との関係は・・・樋高剛氏とは僕が6年前にNHKを辞めて自由党入りして参議院選挙に挑戦した時からのつきあいです。彼は小沢先生の秘書を経て衆議院議員に2回当選した政治の世界では僕の先輩です。小沢先生の家に住み込みで政治修行をして小沢先生に認められただけあって、その気配りと機転は豊臣秀吉を思わせるほどです。とはいえ、大学では僕が同じ大学の同じ学部の先輩にあたりシチュエーション毎に立場が変わるという微妙な先輩後輩の関係です。結局は五分五分の親友となります。

 

田中康夫氏とは僕が初めて挑戦し当選した2003年の衆議院議員選挙の際に応援していただいたことから交友関係が始まりました。 年齢は彼が一つ上ですが、まあ同時代を歩いてきたということもあり、共に天の邪鬼なのか反権力的なのかは定かではありませんが 目指すべきところに共通点が多くあります。その途切れることない弁舌以上に知識の広さと問題意識の繊細さには思わずして尊敬です。 という訳で彼は畏友です。

そして松木謙公氏。どう考えても悪友ですね。彼は。もちろん、友情、人間愛を込めての言い回しです。 彼とは民由合併前の自由党でお互いに候補者だった頃からの付き合いです。松木氏は四人の中では唯一人の 現職の衆議院議員です。 世の中にはなぜかウマが合うという表現がありますが、それです。 松木氏はとにかく明るい、楽天家です。それでいてどこか冷静です。 彼は青学の学生のころに 藤波孝生氏の書生となってから秘書を経て議員になりました。それ故に永田町のこと、自民党政治のこと、 まるで生き字引のようです。政局を読む分析力は僕らでは及びません。


一方で状況が不利であれ何であれ、人とのつながり、友情を第一にするという面があります。 僕が現職の時、羽田空港の拡張に関する予算の本会議採決がありました。民主党は賛成でしたが、 僕は羽田の拡張は首都圏の航空行政が千葉県などに不公平な分担を押しつけている状況では賛成 できませんでした。 民主党議員の中で千葉県の8人の議員が採決に際して抗議の議場退場をしました。 数の論理の採決には時にはそうした手段による意思表示も必要です。

僕は議場を出ました。ここで松木謙公議員はその真価、いや生きざまを発揮しました。 僕が議場を出て、1分後、議場の扉が再び開いたかと思うとそこから松木議員が出てきました。 「どうしたの」と聞くと「岡島が出たから俺も抗議するために出てきた」と興奮気味に答えました。 ああ、やっちゃいました。松木謙公です。この議案、民主党は党として賛成が決まっていました。 僕はは羽田発着の飛行機のコースが千葉県の上空しかも低高度のところに集中していることから、 航空行政の偏りに抗議して退場したのでした。北海道12区選出の松木議員は民主党の方針に従うのが普通です。 しかし、松木謙公氏は「おれはよくわからないけど、岡島が反対するにはよっぽど事情があるんだろうから、 おれは出てきた。おれはお前を信じているから」というのです。僕は「まったく、しょうがねえなあ」と 言いつつも心の中では何か嬉しさ、頼もしさ、ありがたさみたいなものを感じていました。党議に反する という“悪事”をしでかしてまで、友情、信頼を通すという行動は彼の生きざまを映し出していました。 という訳で、松木謙公は悪友です。やっぱり悪友の説明は長くなってしまいました。

以上3名の親友、畏友、悪友との言いたい放題、その中身はまた別項で述べてみたいと思います。

 

 

space
space

10月14日(日)

space
space
space

新興住宅地の祭り

市原市の若宮団地で秋のお祭りが行われ住民が手作りの神輿を担いで住宅地の中を練り歩きました。

祭りの日は曇り空で肌寒さも感じる天気でしたが、重い神輿を担いで大汗を流す神輿の徒行にはかえって丁度いい様子で、団地に住む若者から中高年の方々がワッショイ、ワッショイと気勢をあげ升目に広がる団地の中を練り歩きました。

 

若宮団地は市原市内各所にある京葉工業地帯の開発に伴って作られた新興住宅地の中でも早くに開かれた街です。新興住宅地では暮らしの上での街づくりは計画的にすすめられてきましたが、神社仏閣などの建物はなく、本格的な神輿を担ぐ徒行などは行われてきませんでした。

ここ数年、設立から四十年以上も経つ中で新興住宅地でも神輿を担ぐ大がかりな独自のお祭りを催すようになってきました。若宮団地では町会の役員の方々やボランティアが中心となって、自前で神輿を作り神輿徒行を始めました。他に辰巳団地では神社も建立して神輿を作りお祭りをしている所もあります。

この四十年のうちに新興された住宅地で暮らしている方々が手作りの神輿をつくりそして担ぎ、その街らしい新たな伝統を生み出しています。若宮団地の秋祭り
はその象徴のようでした。

 

space
space

10月13日(土)

space
space
space

緑区土気地区後援会のボーリング大会

13日の土曜日、千葉市緑区土気地区の皆さんとボーリングを3ゲーム、楽しみました。
久し振りに、本当に!何年ぶりか分からないほどに久し振りにボーリングをしました。昔とった杵柄のつもりでボールを投げましたが、スコアは散々でした。

このボーリング大会は後援会の土気地区の皆さんが、親睦を目的に企画したもので、50名ほどが参加しました。また私の高校の同級生であり4月の千葉市議会議員選挙で初当選した白鳥誠市議会議員も参加して、家族的雰囲気のあふれる中で行われました。

後援会の活動というと、ミニ集会を開いての政治活動報告が中心です。土気地区でも政治情勢の節目節目の機会をみて政治活動報告をしています。後援会に参加してくださる皆さんは、僕と同じ“日本一新”の志をもっていただいている方々で僕の政治活動に直接ボランティアとして参加してくださっています。

ボーリング大会はそうした皆さんとの親睦の機会でした。僕が小学校高学年から中学、高校にかけての30年以上前は、ボーリングブームでした。あの「りつ子さん、りつ子さん、さわやかりつ子さん・・・」というリズムにのって女子プロの中山律子さんが人気絶頂でした。当時、たまには家族や友人とボーリングにでか
けて、160くらいのスコアはでていたのですが、久し振りのこの日は、100を超えるのが精いっぱいで、昔とった杵柄とはいきませんでした。

やはり何事も継続していなければダメだということでした。まあボーリングはスコアよりも親睦が大事だったので、それは秋の夜長に十分に深めることができました

 

space
space

10月9日(火)

space
space
space

秋祭り

10月に入って各地で秋祭りが始まっています。
8日は市原市君塚の稲荷神社の秋季例大祭が行われました。町内の老若男女が総出で参加し、とても活気溢れる秋祭りとなりました。

祭りの主人公はやっぱり、神輿の徒行。若い人から
中高年の男性、はたまた20代の女性までもが
「ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ」とリズムにのった掛声を掛け合いながら、神輿を担ぎ町内を練っていました。

僕も祭ハッピを羽織って神輿を担ぎました。
重い、重い、でも気分は最高でした。僕は毎年、
住んでいる町にある姉崎神社の大きな神輿を担いで
います。君塚の神輿は初めてでしたが、すぐにリズムに乗れました。重い神輿も皆で声を合わせて担げば 苦行も楽しみに変わります。

困難が山積した今の社会でも、みんなで力を合わせ
れば新しい時代に向かって進んでいけるに違いない
という勇気をもらいました。一緒にワッショイ、みんなで地域や国を担いでいきましょう。

 

 

space
space

10月8日(月・祝)

space
space
space


コスモス会芋煮会

10月8日午前、市原市五井の養老川下流の河川敷に広がるコスモス畑で芋煮会が行われました。

この芋煮会は、コスモスを育てているボランティアの皆さんが毎年10月のはじめに開いているもので、今年も近隣の方々が100人ほど集まり赤やピンクに満開のコスモスに包まれる中で芋煮を頬張っていました。

養老川は県が管理していますが、ボランティアの皆さんは県の許可をとって、この5年あまり河川敷にコスモスを植えてきました。養老川下流にあたる五井周辺の
河川敷では10年ほど前からゴミの不法投棄が進み、汚れる一方でした。そこで河川敷の周辺に住む地元の皆さんがゴミ不法投棄を止めさせようということで、河川敷の雑草を刈り、ゴミを取り除いて土地を掘り起こしてコスモス畑を作りました。

ボランティアの皆さんの熱心な活動によって、この河川敷でのゴミの不法投棄はなくなりました。市原市は首都圏の産業廃棄物の不法投棄が集中している所です。そうした中でこうしたボランティアの地道な活動がコスモスの花びらのように、少しずつですが花開いています。

 

ボランティアの皆さんの希望はもっと行政が地域の環境問題に熱心に取り組んで欲しいということでした。僕も、政治活動の中で産業廃棄物の問題ばかりでなく
こうした暮らしに身近な環境問題にも積極的に関わっていきます。

 

space